([本]のメルマガ vol.369より)
-------------------------------------------------------------------
■「図書館の壁の穴」/田圃
-------------------------------------------------------------------

第28回 デジタル資料の普及で公共図書館はどう変わる?

情報通信白書によると、平成20年度末の国内のインターネット利用者数は
9,000万人を突破している。
そのうち、モバイル端末やゲーム機などパソコン以外からのみインターネッ
トを利用する人は835万人。それらにしてもフルブラウザが普及しているの
で、もうパソコンと大した違いはないだろう。
地方では、まだまだブロードバンド普及率が低いからとインターネットを軽
視しがちだが、イー・モバイルやモバイルWiMAXのエリア拡大、ノートパソ
コンの低価格化により、急速に状況は変化しつつある。

大規模な資料のデジタル化が進み、ブラウザで多くの出版物を閲覧できる状
況が迫っているのだから、貸出サービスを中心とした現状の公共図書館サー
ビスも、この変化に対応しなければならない。
それにも関わらず、Googleブック検索への対応をめぐり、出版界では様々な
議論が行われてきたのに対し、公共図書館からはあまり声が上っていないよ
うに感じる。

             *  *  *

8/25の朝日新聞に、国立国会図書館の蔵書をインターネット経由で有料公開
する構想が掲載された。
その記事では、国立国会図書館が非営利の第三者機関にデジタル化した蔵書
データを無償で提供し、そのデータを国民は有償で閲覧するという仕組みを
つくるということで、そこで得られた収益を出版界に還元するという構想が
紹介されている。
http://www.asahi.com/digital/internet/TKY200908250201.html

この記事には書かれていないが、有償公開とは別に公共図書館に来館して施
設内で利用する分には無料とする構想があることも、既に多くの図書館員は
知っていると思う。

新聞掲載の構想に対し、国立国会図書館の蔵書という国民の財産を利用する
のに、どうして有償なのかという反対意見も出ているようだが、そうした意
見と同様に、なぜ公共図書館内でだけ無料とするのか?という指摘があって
もおかしくはない。

国立国会図書館に関しては「資料デジタル化及び利用に係る関係者協議会」
という出版界や図書館界のメンバーからなる機関があって、デジタル化に関
する細かい取り決めが行われている。
今年の3月に承認された第一次合意事項には、

 ・作成するのは画像データとし、テキスト化は今後検討する
 ・同一文献に対する同時利用は、資料の所蔵部数を超えない範囲とする
 ・作成したコンテンツは外部のネットワークと完全に遮断する

といった制限が記載されている。
これを見る限り、国立国会図書館の全蔵書を国民が自在に利用できるように
なるのは、もう少し先になりそうだ。

一方、Googleの方は著作権者の設定にもよるが、自宅から無料で全文を読め
るものも既に数多い。
だから資料デジタル化への対応は未来の話ではなく、いま現在のこととして
考えなければ手遅れになってしまう。

公共図書館からのみ無料アクセスが可能になるという制度に依存して、本を
1冊も置かずにパソコンだけを並べて「新しい公共図書館のモデルです」な
どと称する施設さえも出現しかねない。
その一方で、デジタル情報をいかに活用すれば地域に貢献できるかを考えた、
様々な試みも登場してくるだろう。
そんな激しく変化していく状況下で、新しい公共図書館像を模索するムーブ
メントに参加することは、図書館員として非常に面白くやりがいがあるんじ
ゃないだろうか。

             *  *  *

国立国会図書館デジタルアーカイブができたからといって、もちろん各公
共図書館が過去の蔵書を全部破棄するわけではない。
分野にもよるし、キンドルのようなデジタルブックの進歩にもよるだろうが、
紙媒体へのニーズはなくならないだろう。
今後は充実したデジタル情報を利用して、蔵書への導線をどんどんつくれば
図書館の利用が増えるという展開も考えられる。

例えば、人口10万人の地方都市を想定してみたとする。
月に何度も来館する図書館ヘビーユーザーは、そのうち5千人もいないのが
普通だろう。
将来、Webで何でも読める状況になったとしても、図書館ヘビーユーザーは
そもそも紙媒体好きな傾向があると思うので、どんなに減ったとしても半分
くらいだろうか。
一応、デジタル化によってその市の図書館ヘビーユーザーが2,500人になっ
たと仮定してみる。
それに対して、冒頭に書いた通り国内のインターネット利用者数は9,000万
人を突破しているので、その中でGoogleなどで国会の蔵書を発見し、実際に
その資料を手に取りたいと考える人が、5%いると仮定してみる。
人口10万人から、もともとの図書館ヘビーユーザーをひくと97,500人。
その7割の68,250人はネットユーザー。
で、その5%ということは3413人。
これだけの人が、全く新たな図書館利用者となり得る。
その人たちを効率よく図書館にナビゲートできれば、当初のヘビーユーザー
5千人という数字を越えることも不可能ではない。

確率などはいま適当に考えた数値なので説得力に欠けるが、これまで図書館
に全く関心のなかった層が来館するきっかけになり、図書館を利用すること
に魅力を感じれば、それを周囲に伝えることで、また新たな来館者が増えて
いくことも期待できるんじゃないだろうか。

             *  *  *

9月1日から、国立国会図書館OPAC雑誌記事索引に新機能が加わった。
どちらも検索結果画面で「よむ!さがす!」と書かれたボタンをクリックする
と、Database Linkerによってインターネット上で全文が公開されている資料
がそのまま画面に表示できるようになった。
http://resolver.ndl.go.jp/ndl/help.html
大学などの学術機関に所属しない人も、リンクリゾルバを手軽に体験できる
ようになったのだから、これは結構大きな出来事ではないかと思う。

このDatabase Linkerが、さらにGoogleブック検索にもリンクしているのを見
て、目からウロコが落ちる思いがした。
当の国立国会図書館が、既に模範を示していたわけだ。
これまで僕の勤務先では、「はてな」「ブクログ」といった外部の無料サー
ビスを利用して情報発信を進めてきたが、今後はそうした外部データの利用
を進めることも考えられそうだ。

実際に国立国会図書館のように、OPACの検索結果から外部の全文を公開して
いるデータベースへという流れをつくるには、リンクリゾルバという高価な
ソフトウェアが必要なので、各公共図書館がその手法を取り入れるのは難し
い。
それにそもそも、全文公開されているものはほとんどが学術雑誌なので、公
共図書館にしてみれば、所蔵していないものが大半だ。
だから蔵書検索結果からリンクする機能だけがあっても、あまり意味がない。

だが、検索結果画面からではなく、公共図書館のホームページから国立情報
学研究所のCiNiiや各大学の機関リポジトリなどに置かれた全文に対してリン
クを貼っておくことはできる。

地方の公共図書館であれば、例えば農業系の学術論文にリンクを貼って、あ
たかも自館で購読している電子ジャーナルのように見せることもできる。
そういったことは、地域の図書館がセレクトした論文へのリンクという点で
も価値があるんじゃないかと思う。

将来的には、自館OPAC国立国会図書館OPACが横断検索できて、デジタル
化された資料はそのまま画面上に表示され、同時に自館の所蔵の有無がわか
り、貸出予約までできるような仕組みにならないだろうか。
Amazonの検索結果に特定の図書館の所蔵を表示させるGreasemonkeyスクリプ
トなどがあることを考えると、それほど難しい話でもないんじゃないかとい
う気がする。
(Greasemonkeyスクリプトについてはこちら)
http://bizmakoto.jp/bizid/articles/0706/27/news005.html

             *  *  *

デジタル化によって、今後は本の利用のされ方もさらに変化するだろう。
Googleブック検索でヒットしたサイトを片端から確認していくような具合に、
デジタルの場合は冒頭から通読するばかりでなく、ピンポイントで必要な箇
所にアクセスし、複数の資料を横断的に調べるような読み方が、今よりずっ
と増えるのではないかと思う。
そんな物理単位ではなく、章やページ、行といった単位での利用のされ方は、
本というよりも、学術雑誌の利用に近い感じかもしれない。

個人的には、単にコンテンツにアクセスできれば良いということでなく、手
触りや匂い、本を手にする場や読む状況なんかも含めて読書体験だと思って
いるが、必要な内容だけを切り取って本が消費される傾向は、資料のデジタ
ル化によって確実に進むだろうと思う。

だがそれによって、オリジナル(原本)の良さが損なわれるわけではない。
だからこの点については、何かが壊れるようなネガティブな捉え方をするの
ではなく、用途によって使い分けるという文化が新たに発生すると考えたい。

例えば、いくつもの本から郷土関係の記述だけを抜き出して編集し、図書館
がオリジナルの資料をつくることも可能になるとすれば、それはそれで面白
そうだ。

そんな試みの一方で、図書館はオリジナルの存在を保証するという立場を鮮
明にすれば、今とは違った価値が出てくるのかもしれない。

             *  *  *

最近、このメルマガの10周年記念パーティーでお会いした方をはじめ、聞い
てみたいと思う相手にどんどんデジタル社会の図書館像を問いかけてきたの
だが、キーワードはコミュニティだという返事がかなり多かった。

もともと僕の勤務先は、2004年の開館当時に漠然とした目標として、紙とか
デジタルとかいう媒体は問わず、情報がここにあって、それを市民が活用し、
また新たに市民が情報を生産・発信することで、地域の人々が繋がっていく
ようなイメージを描いていた。
様々な人の意見を踏まえ、改めて考えてみると、やはり紙とデジタルの両方
を扱う未来の図書館はこんな方向性で、地域の情報拠点として発展させてい
くのが良いのだろうと思う。

既存の図書館サービスの延長線上で考えると、ひとつには利用者参加型とい
う方向性が考えられるかもしれない。
資料紹介やテーマ棚など、現在広く行われている図書館からの情報発信に参
加してもらうような試みは、すぐにも始められるだろう。

そうしたこととは別に、地域情報の蓄積という従来の図書館サービスの延長
線上にはないものも、新たに考えてみる必要があるのではないだろうか。

1年以上前に、ポット出版の座談会で教えてもらった「しまPasha」というサ
ービスがある。http://pasha.uruma.jp/
これは、『URUMAX』という沖縄情報サイト内にあるひとつのサービスで、サ
イト全体の制作方針として「多くの住民を巻き込んで収集・蓄積した地域の
情報は、良質な観光情報になる」との考え方が明確に示されている。

公共図書館には、責任を持って長期間情報を保存し続ける機能が元々あるの
だから、こういったサービスに取り組んでみるのも面白い試みだと思う。
これには、運営方法次第で図書館が新たなメディアとして成長していく可能
性を感じる。

地域の人の発する情報を、その地域で責任を持って蓄積していくところに価
値があるわけだが、こうした地域住民の発信する情報を集める機能は、従来
の図書館機能には含まれていない。

全くの新規に事業を始めることになるので、そのための予算確保はなかなか
難しいだろうが、この先数年間に図書館システム移行を予定している館は、
そのタイミングで先を見越した手を打った方がいい。
そんな機会のない図書館も、他館との連携や外部サービスの利用など、あら
ゆる手段で可能性を探っておいた方がいいと思う。

田圃
    http://d.hatena.ne.jp/t_rabi/
  来月上旬、千葉県立西部図書館のネットワーク研修会で講師をします。
  再来月は図書館総合展パシフィコ横浜で、パネルディスカッションの予
  定です。同じく11月には「ず・ぼん15」(ポット出版)が出る予定で、そち
  らの座談会にも顔を出しています。