([本]のメルマガ vol.399より)
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■「図書館の壁の穴」/ 田圃
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第33回 あの本をまた読みたい。

図書館のカウンターにいると「私が前に借りた本を探してるんですけど」と
尋ねられる機会がよくある。

だが、公共図書館システムのほとんどは貸出の履歴が残らない仕様なので、
残念ながら返却した途端に記録は消えてしまう。だから結局探すことができ
ないケースが多い。

本当は記録を残しておけば「以前借りたあの本」どころか、子どもが成長し
てから自分が昔読んだ本を再読してみたいだとか、あるいは自分の子どもに
同じ本を読み聞かせたいといった場面でも役立つ有益な情報なだけに、これ
はとても残念なことだと思う。

              *  *  *

個人情報保護の観点から、履歴情報の扱いがセンシティブな問題なのはわか
るのだが、利用の秘密を守るため「だから消す」となってしまう感覚はよく
わからないし、敢えてそれを積極的に理解しようとも思わない。

だが公共図書館界の常識として、ともかく履歴は消すべしという時代が長く
続いているようで、そんな顧客(=公共図書館)の要望により、ほとんどの公
共図書館業務システムは、現在も貸出履歴を参照できない仕様となっている。

これに風穴をあげる動きとして、2006年5月の情報科学技術協会総会で、
ACADEMIC RESOURCE GUIDE (ARG)編集長の岡本真氏が、Amazonのレコメンド
サービスのように貸出履歴情報をサービスに活用しようと提唱され、その3
年後にようやく成田市立図書館で実際にそうしたサービスが登場した。
この流れは喜ばしいと思う。
成田モデルの普及・発展に大いに期待したいと思うのだが…全国に3,164館
(2009年現在。日本図書館協会HPより)ある公共図書館のうち、成田市の本館
と分館の計15館しか、貸出履歴を利用したサービスに踏み切れていないのが
現実だ。
その成田でさえも、資料のレコメンド処理に履歴を使用するのにとどまって
おり、利用者自身が直接履歴を参照できるような機能はないらしい。
http://www.library.narita.chiba.jp/update/2009/n_20090627_recommend.html

このように、貸出履歴の利用に関してはまだ第一歩を踏み出せただけの状況
で、利用者自身が自分の貸出履歴を保存・参照できる状態には至っていない。

そんなわけで、どの公共図書館も「タイトルも著者名もはっきり覚えてない
んですけど、昔借りたあの本はありますか?」という問いや「私が何をいつ
図書館で読んできたのか知りたい」という要望には、有効な対応ができない
状態が続いている。

利用者のプライバシーを守ることの重要性はよくわかるのだが、だからとい
ってデータを消せば良いというのは、僕からすると図書館側がデータ保護の
責任を放棄した自己防衛の理屈であって、それによって図書館の魅力を損ね
ているように思えるのだが、どうだろう?
              *  *  *

旧式(というか現状)の公共図書館のシステムにも、貸出履歴を自分で保存し
たいというユーザーニーズに応えようとした形跡は見られる。

勤務先の館内に設置されたタッチパネル式のOPACには、実は自分の現在借り
ている本のデータをフロッピーディスク(!)に書き出す仕掛けがある。
図書館はデータを持たないから、利用者自身で管理して下さいということで
作ったらしいのだが…フロッピーなんて見たこともない子どもも少なくない
このご時世に、これではまったく意味がない。

現状、個人の読書記録の蓄積という機能は図書館にはない。
子どもの頃の読書記録や、親子2代にわたっての個人の読書記録の活用など
にも応えられる資料を図書館は有しているのだから、そこを活かそうという
声が各地の図書館に寄せられ、各図書館がシステムベンダーに要求を出して
いけば、新たに図書館の資料保存機能の素晴らしさを引き出せるのではない
かと思う。

そうは言っても、すぐに状況が変わるわけではない。
そこで、思い切って図書館の外に目を向けてみると、「以前借りたあの本は
ありますか」への対応策は見えてくる。

自分の読書履歴を管理できるツールは、カーリルやブクログなどいくつも存
在するし、ブログなども十分そうした用途に使える。
もちろんExcelでもテキストエディターでも事足りるわけだが、ケータイから
更新できるブログの方が手軽かもしれないし、ブクログならば似た読書傾向
の人の棚と繋がる機能もあるので、そこで新たな本と出会える可能性もある
だろう。
また、自分のお気に入りのブックリストを公開し、そこにコメントを貰うな
ど、工夫次第でソーシャルなネットワーク環境と読書とは結構親和性が高い
のではないかと思う。

もちろん小学校低学年以下の子どもが、単身で来館する場合などもあるかも
しれないし、そんな子どもにカーリルだのブログだの言うのは当然無理があ
る。
そんな場合、読書ノートを図書館が保管してあげて、借りたらその場で書い
て貰って、時期が来たらそれを本人に返却し、データ化のサポートをしても
いいかもしれない。

そんな具合に外部のサービスを紹介して、その利用方法を教えてあげること
まで含めて、もう図書館サービスの1つと位置づけても良いのではないだろ
うか?
そのためには、まず図書館員側のスキルアップが不可欠なのだが、それに関
しては、こんな試みが動き出している。

○Code4Lib JAPAN
http://d.hatena.ne.jp/josei002-10/

このプロジェクトには僕自身も参画しているのだが、これは相当面白いこと
になりそうな予感がする。
次回以降、そちらの活動状況をお伝えできたらと思う。

田圃
    http://d.hatena.ne.jp/t_rabi/
 図書館雑誌9月号に、電子出版と図書館に関する記事を書きます。