([本]のメルマガ vol.207より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第1回 まずはコンセプトを考えよう

 僕の知っている郊外の国道沿いの風景は、どこも似たような感じがする。
ファミレス、家電量販店、ディスカウントストア、大型書店など、様々なチ
ェーン店が建ち並び、手軽で便利な反面、どこか味気ない。

 最近の新しくつくられている市町村立図書館も、これと似たような傾向が
あるように感じる。なんだかチェーン店みたいに、同じような感じの図書館
が、たくさんつくられているんじゃないかと思う。

 厳しい財政状況の中で、何億円、何十億円もかけて図書館をつくっている
のに、売れ筋の本を並べた、郊外型の大型新刊書店と大差ない品揃えだった
り、集客できれば成功だという認識で終わってしまうのは、あまりにももっ
たいないと思う。

 誰もが知る通り、図書館は資料や情報をたくさん用意し、利用者の要求に
応じてそれを提供することがサービスの基本だ。
 目先の利用者ニーズに応えていった結果、売れ筋の本ばかりが並び、複本
を大量に抱える図書館が出来ることもあるだろう。
 でも、図書館はその一つの型だけではないと思う。

 もちろん地域性を考える必要はあるけれど、例えばアーカイブ機能を特に
重視するとか、所蔵資料のデジタル化を徹底するとか、文庫と新書を徹底的
に揃えるとか、予算の大半を雑誌に使って、3000誌なり5000誌なりの雑誌を
並べるとか、もっと多様性があっていいんじゃないだろうか。

            *   *   *

 公共図書館は地域の情報拠点になるべきだ、という話を最近よく聞く。こ
れは、生活情報や求人情報など、様々な利用者ニーズに合わせた情報サービ
スを行うことで、図書館が地域の情報活動の中核になるという考え方である
。集めた情報を、編集して紹介するようなことを、図書館が行うという意味
なので、最近の公共図書館のビジネス支援サービス等も、こうした流れの中
に位置付けられる。

 僕も、これは正しい方向だと思う。
さらに、図書館から利用者に向けての一方的な情報発信だけではなく、逆に
利用者から図書館へという情報の流れをつくり出すことで、今までとは違っ
た形で図書館の魅力を引き出せるんじゃないかと思っている。

 利用者が図書館で調べた情報を、本やDVD、ホームページ等の形に編集
するのを支援して、図書館を使った利用者の活動成果を、何らかの形で図書
館で閲覧できるようにしたり、図書館サーバーからネットで配信するような
仕組みをつくることができれば、図書館を中心とした情報活用サイクルがつ
くれるかもしれない。

 例えば、郷土史の調査で図書館を利用した人が、自分の調査結果を図書館
に提供し、それを図書館が公開するとすれば、図書館にとっては独自のコン
テンツを持つことになる。同時に、それは利用者にとって、生涯学習の一つ
のモチベーションになるのではないか。

 他にも、地域雑誌の編集者や、学校や団体の研究活動等を支援する中で、
成果の発表に図書館が絡むような形が出来ても面白いと思う。
 先々は、こうした情報発信を皮切りに、ある種の出版機能が図書館の一機
能として認知されてもいいんじゃないかと思う。

            *   *   *

 僕の勤務先には、これから図書館をつくろうとしている自治体の、図書館
準備スタッフが頻繁に視察に訪れる。
 対応しているときにいつも感じるのは、図書館業務を知らない行政職員が
、図書館づくりを担当しているケースが、かなり多いということだ。
 行政職員が開館準備をすすめ、オープンにあわせて司書を採用するパター
ンが一般的らしいのだが、これでは特色ある新しい考えを打ち出した図書館
をつくることは、難しいと思う。

 たいていの市町村は、図書館をつくる前に大学の先生や、都道府県立図書
館にコンセプトを相談し、抽象的な計画案を作っている。
 けれどもそれを、具体的に進めていく準備室には、行政的なセンスが優れ
ていても、図書館についてのノウハウや見識をもった職員がいない場合が多
いのだから、結局は、近くの市町村に習って同じようなものをつくることに
なってしまうらしい。

 また、他館に習うばかりではなく、最近では図書館関係業者任せの傾向も
強くなっている。いくつもの図書館と付き合いのある企業のノウハウは、素
人集団の準備室にとって非常にありがたいことだろう。
 そうした企業のアドバイスに従って図書館を立ち上げれば、準備室スタッ
フが専門知識を持たなくても、一定のレベル以上のものがつくれることも事
実だ。

 でも、そうしてつくられた図書館は、企業の目線でつくられた、何となく
規格化されたような図書館になってしまう傾向があるように見える。
 何も画一的なものとつくろうとは思っていないのだろうが、同じ企業がた
くさんの図書館をつくるのだから、結果的にどれも似通ってしまうのは、仕
方ないのかもしれない。

 企業やNPO法人に、事業を任せきりで図書館を運営していくとすれば、
自治体側は司書を雇わずに済むことになる。
 でも、公共図書館である以上、PFIだろうが指定管理者だろうが税金を
投入する公共事業に変わりはない。
 それでは、任せた事業を、誰がどう評価するのだろう。

 自治体は、コスト削減のためにPFIや指定管理者制度を適用するのだか
ら、数字での結果を求めることだろう。そこで、サービスの質をどう数値化
するというのだろう。長期的なサービス計画は、すぐに数値で表せるものば
かりではない。

 仮に行政が、請け負った企業やNPO法人の用意した評価基準に依存する
ようであれば、それを公共と呼び、税金を投じること自体、疑問視されて当
然だと思う。
 そうなれば、結局公共図書館は存続できなくなるのだから、企業やNPO
法人にとっても、単純に丸ごと引き受けることが好ましいとは限らないよう
に思う。

 やはり、自治体やその外郭団体など、図書館の設置母体が、図書館づくり
のプロと呼ぶに値するような人を雇い、コンセプトの検討から開館準備のリ
ードまで一貫して任せなければ、独自の目的や手法を持った新しい図書館を
つくることは難しいのではないだろうか。

            *   *   *

 次回以降、どうすれば図書館はもっと魅力的になるのか、もっと活用して
もらい、満足してもらうにはどうすればよいのか、僕の勤務先ではどうして
いるのか、といったことを、図書館を取り巻く諸問題とともに、具体的に書
いていきたいと思います。

            *   *   *

 ご挨拶が遅れました。田圃兎です。
東京から快速ラビットって電車で、田んぼの中を延々と通って通勤していま
す。勤務先は、地域の情報拠点として建てられた、駅前の市立図書館です。
 このような「本」に関心を持った方々に広く読まれている場に、図書館側
の視点から何か書く機会は、そう多くはありません。
 今後このメルマガを読んで、こんな問題があるとか、それは違うと思うな
ど、何らかの反応があれば、嬉しく思います。
 よろしくお願いします。

田圃兎(タンボウサギ)
    :1969年生まれ。
     SE、大学図書館員、市立図書館設置準備室を経て、現在は
     2004年にオープンした市立図書館の職員。