([本]のメルマガ vol.213より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第2回 図書館をつくるときに考えたこと

 前回、新しく図書館を作る際には、行政職員主体ではなく、図書館づくり
のプロと呼ぶに値するような人が一貫してやらなければ難しい、と書いた。

 図書館をつくるには、地方自治や行政のこと、経営に関する一定の知識が
、図書館員にも必要であるし、その土地の歴史・産業・住民の図書館に対す
る期待なども踏まえた、地域性を考える必要がある。
 そして、その地域固有の情報を、それに適した形で扱って活かしていくこ
とも、図書館づくりにおいて、重要なことだと思っている。

 例えば、僕の勤務先は、東京から電車で2時間弱、人口は約5万人で、電
車が1時間に1本しか通らない地方都市だ。
 駅前に建てられた複合施設の中に、この市にとって初めての公共図書館
設置された。面積のほぼ半分が図書館で、それ以外の部分は図書館を活用す
るためのスペース、という考え方で造られているので、全体が図書館といっ
ても差し支えないような建物となっている。

 大都市でたくさんの分館を持つ図書館と、本屋もないような地方の図書館
とでは、当然ながら予算規模も利用者も館の目的も異なる。
 もちろん、市立図書館は市民の税金でつくられているのだから、市民の趣
味や娯楽といったニーズに応えるべきだという考え方がある。
 けれども、多様化する嗜好に何でも応じられるような図書館を、つくるこ
とは出来ないし、地方の市町村にはそれを維持していける財力もない。

 そんな地方の市町村の事例として、今回は僕が図書館をつくるにあたって
考えてきたことについて、書いてみたい。
ひとつひとつの事例や、方法を書いていくと長くなるので、大まかに今回は
挙げていきたいと思う。
            *   *   *

 まず、図書館の本質は調べものの場なので、出来るだけ多くの種類の資料
を揃えておきたいと思う。
 目的をもった調べもの以外にも、様々な本や情報を知るきっかけの場とし
ての意義も大きい。そんな意味でも、資料の種類は出来るだけ多いほうがい
い。

 複本の購入は行わず、その分の予算は資料の種類を出来るだけ増やすため
に回したい。だから、ベストセラーを早く読みたい人は、自分で買ってくだ
さい、という方針で開館に向けて本を購入してきており、今後もその姿勢を
続けたいと思っている。

 また、入門書やHowToものの購入比率を抑えて、その分様々な調査や研究
に役立ちそうな資料を優先的に揃えていきたい。
 公共図書館生涯学習の場であるならば、各学術分野の学術書も積極的に
買っておく必要があると思う。
 「公共貸与権」が導入され、資料の単価が上がったとしても、蔵書の質が
図書館の価値に直結すると思うので、高額書の買い控えなどに陥らないよう
注意し、その場で手軽に使われるような本の購入を抑え、長期保存して使用
に耐えるようなストックの構築を目指していきたい。

 新しい図書館は特に、どうしても最近の本を中心に買い揃えて開館するこ
とになる。開館前に、出来る限り古書店に足を運び、絶版本や展覧会の図録
などを購入したが、今後も定期的に探しに行く必要があると思っている。
 特に地元の歴史や美術、工芸品に関わりのある資料などは、新刊本から探
してもほとんど見当たらないので、古書店ルートは非常に重要である。

 また、どの公共図書館でも雑誌が極めて冷遇されている。比較的簡単に予
算がカットされて、購入誌数が激減している図書館が多いようだ。
 確かに、買うのは娯楽雑誌が中心で、受け入れてもすぐに廃棄してしまう
ならば、予算が削られても仕方ないと思う。

 そんな状況なので、雑誌のバックナンバーを見るには、国立国会図書館
大宅壮一文庫などに頼るしかないのが実情である。
 それならば、自館で雑誌を保存していけば、それが長く続くほど強力なコ
ンテンツになるのではないか?と考えた。
 だから、僕の勤務先では、雑誌を極力永久保存することにしている。
 それに、都市部とは異なり地方の書店では手に入りにくい雑誌も数多いの
で、利用者の興味や知識が広がるように、タウン誌やミニコミ誌なども含め
た様々な情報をできるだけ数多く紹介するようにしている。

 CDやビデオ、DVDといったAV資料については、一般的に利用者ニー
ズが非常に大きいようだが、民間のレンタルショップの商売を妨害するよう
な品揃えにはしたくない。
 だから、店で扱っていないような、教養や古典を中心とした図書館ならで
はの品揃えにこだわっていきたい。
 これは、娯楽志向ニーズを排除するというネガティブな意味ではなく、店
と異なる資料が揃っていれば、市民の選択肢が増えるという考え方でもある

 こんな考え方で集めた様々な資料を、まずは図書館利用者が、自在に探せ
るよう支援するのが、第一だと考えた。
 実際に提供したい情報は、物理的な資料ばかりとは限らない。
 そこで、商用データベースをはじめとしたネットワーク上の情報も、図書
館資料の延長と考え、調べもののために大いに活用できるような環境を構築
した。

 有効な情報サービスには、強力な情報インフラがあった方がいい。そこで
、必要な情報インフラを、その時点で考え付く限り盛り込んだネットワーク
環境の構築や、システムの導入を行った。

 インターネット閲覧用に100台以上の館内貸出用ノートPCを用意し、利用
者持込PC向けに無線LANのアクセスポイントを随所に設置するなど、利用者
向けの情報環境は、かなり強力な図書館になっている。

 こうした考えで開館準備を進めてきて、開館後約1年経った現在では、か
なり他の市町村立図書館とは違った雰囲気になっているように思う。

 もちろん、今回の図書館づくりで、納得いかなかった部分もある。
 僕を含む図書館メンバーが揃った時期があまりにも遅く、既に建物がほと
んど完成したような状態だった。そのため、建築に関して意見の通らない事
柄が多く、実際の運用に適さない部分が幾つも出来てしまった。
 例えば、密閉状態の書庫が存在しないため、温湿度管理の面から、資料の
永久保存に適したつくりではないということなどは、取り返しのつかない失
敗だと思っている。
 もちろん、それなりに保存する工夫は可能だが、せっかく新しい建物を建
てたのに、この点は惜しまれてならない。
 また、図書館業務システムの選定も、1か月程度で要求仕様を検討し、導
入システムを決定せざるを得なかったため、自館の運用に必ずしも最適なも
のを選べたとはいえないような気がしている。

 こうした経験から、中核となるスタッフの着任時期は、最低でも開館2年
以上前であることが望ましいように僕は思う。

            *   *   *

 僕の場合は、立地条件や、地域で初めての図書館であることから、かなり
思い切った割り切り方で、図書館という施設の機能を主張するような方法が
採れた。
 この手法が、どこでもそのまま通用するかといえば、そんなことはないし
、前回触れた、企業が作る金太郎飴的な図書館という話と関連付けて考えて
も、やはり地域に合ったやり方を考えることは重要だと思う。

 それと、どんな図書館にしたいのかという考えを明確に持った図書館員に
、かなり自由に計画を推進する権限が与えられるということが、方針を崩さ
ず一貫したものをつくれた要因として、非常に大きいように思う。

            *   *   *

 今回、図書館をつくる上で考えてきたことを幾つか書いてみたが、それぞ
れについてもう少し具体的に、次回以降書いてみたい。

田圃兎:1969年生まれ。
     SE、大学図書館員、市立図書館設置準備室を経て、現在は
     2004年にオープンした市立図書館の職員。