([本]のメルマガ vol.339より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第23回 ほんの一部だけ

 公共図書館に求められる機能は年々拡大し続けている。
 ビジネス・学校・子育て支援、行政、医療、法務、地域関連の情報提供な
ど、求められるサービスは多岐にわたっている。

 こうした拡大傾向は、これまで公共図書館を利用していなかった人へも、
公共図書館で何ができるのかをアピールし利用に繋げるよう、新しいサービ
スを提供しましょうというのが主な狙いだ。

 その一方で、図書館内部では人も予算も右肩下がりで、どこかを削らなけ
れば、何ひとつ満足に出来なくなるくらい、中小規模の公共図書館は弱って
いるところが少なくない。

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 設置者の意向なのか、運営者の自主判断なのかはわからないが、対象を大
人だけに絞り込んだ公共図書館が現れた。

 江戸川区立篠崎図書館は、児童書や絵本を置かず児童向けサービスも行わ
ない、大人のための区立図書館だ。
 江戸川区が児童サービスから撤退したというわけではない。子ども向けの
図書館は、江戸川区立篠崎ポニーランドという馬のいる公園の側に、子ども
未来館という施設をつくって、その中に設置する予定だという。

 都営新宿線篠崎駅直結で、図書館の下はスーパーと書店という便利な場所
にあるこの図書館は、平日の15:00頃にもかかわらず、閲覧席はほぼ満席と
いう盛況ぶりだった。
 静寂さが保たれているのは、建物の吸音性の良さや落ち着いたデザイン・
配色が醸し出す雰囲気の良さもあるが、何より子供の来館がほとんどないこ
とが一番の理由だろう。
 子ども向けの資料を、大人向けの資料とは別のフロアに配置している公共
図書館は少なくない。実際に僕の勤務先もそういう構造だが、どうしたって
声は響いてくるし、大人向けのフロアに迷い込んだ子どもが大声を出したり、
走り回ってしまうような場面も時々はある。
 それと比べると、篠崎図書館の空気は今までの公共図書館とは一線を画し
た落ち着きがありながら、大学図書館ほど緊張感が感じられず、快適そうな
印象を受けた。

 まだ7月にオープンしたばかりなので、棚を見た限り特に何か資料に特徴
があるという感じではなく、今のところごく一般的な公共図書館の棚から、
児童書と絵本を抜いた状態に見えた。
 大人のための図書館というコンセプトは興味深く、今後ここは面白い
ものになる可能性を秘めているんじゃないかと思う。

 どの図書館も大人・子ども・高齢者・障害者といった各利用者層に応じ、
それぞれサービスを展開しているが、単に「大人」という枠組みで事足りる
と思っている図書館員はいないだろう。
 本当はそこから先、対象の調査によるサービスの細分化が必要なのはわか
っていても、児童サービスや学校支援など他のサービスにも優先したい課題
があって、なかなか前に進めないところが多いはずだ。
 それに対し、最初から大人だけと絞っているのだから、次の手は大いに気
になる。
今後は既存の公共図書館よりも先鋭的なサービスや情報発信も期待したい。

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 人も予算も減る中で、サービス対象やメニューを減らさずに、業務効率や
生産性を追求することでサービスを拡大することは難しい。
 無理に効率を上げようとして、過去の蓄積を破壊するくらいなら、何もし
ない方が良い場合すらあり得る。

 ただ機械的に本を登録して行くのではなく、何十年も先の利用を考えて、
過去の事例や同僚の意見、出版界の傾向などを考慮した上で、手間と時間を
かけてデータの一貫性に気を配ったり、資料内容を確認して補足情報を追加
登録しながら、作業の費用対効果も計算できるセンスを持つ人もなかにはい
るのだ。
 個々の作業目的や全体の目標を理解できる人材を出来るだけ多く育て、外
部から是非ここで働きたいという人が集まるくらい魅力的な組織にするのが、
ひとつの理想だと思う。
 どんな環境であっても能力を発揮できなければ本物ではないとも思うが、
各自が能力を発揮しやすい環境をつくってあげることで、現場から改善提案
やクリエイティブな構想なんかが、より活発に出てくるよう仕向けていけば、
人や予算の増減などにあまり左右されない、継続的に成長できる図書館の基
本部分はつくれる。

 仕事の流れを強引に変えて、すぐに修正を繰り返し、結局は元に戻すよう
なケースを何度も見てきているので、そういうことをするくらいなら、じっ
くり時間をかけてバランス感覚の良い司書を育てる方が、実は近道だろうと
思うし、そんな仕事をしてみたいと思う。

             *  *  *

 企業経営のような発想だけで図書館業務を改革しようと考えると、痛い目
に遭うこともある。
 図書館の予算をカットするのが仕事だと言い放って、図書館業務を理解せ
ずに、改革に取り組んだ事務部長達に随分悩まされたこともある。
 図書館外からやってくる意欲的なリーダーは、資料の整理など細かい判断
を要する業務も含めて、ともかく図書館業務全体を単純な流れ作業に変えて
しまおうとする傾向が強かった。

 そうした図書館では、効率を優先するあまり、大量に寄せられた寄贈図書
の処理を急いで無理に価値判断して、受け入れしない本は廃棄してしまった
というような話を時々聞くことがある。
 だが、捨てるかどうか決めかねて、何十年も寝かせておいたお陰で、貴重
な資料が捨てられずに済んだなどという話は、古い図書館ではよくあること
だ。
 そんな具合に、相当な時間が経たなければ評価のしようがない仕事も図書
館の場合は多い。

 資料の保存・提供というのは、当然ながら年度単位や誰かの定年までとい
う期間で完了してしまうものではない。
 人事異動で図書館に数年いるだけの人も、司書として定年まで居続ける人
も、結局はその本の歴史のごく一部を担うに過ぎない。
 だから、わかりやすい数字での評価や、奇抜なサービスで仕事の成果を内
外にアピールしようとしがちな傾向があるが、すぐその時に注目を浴びるの
もいいけれど、図書館の提供するものは、一時的なものではないということ
だ。

 前の世代から引き継いだものを、次の時代の人に確実に手渡そうという、
ある種の謙虚さがどうしても必要になってくる。
 僕は、働いている人が偉いのではなく、本が偉いんだよということを、
いつもどこかで当たり前のように肝に銘じているが、そういったバランス
感覚の本質的なものは、ある程度長く図書館の現場で働かなければ、なか
なか理解できないものなのかもしれない。

田圃