([本]のメルマガ vol.351より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第25回 図書館の平等について

 図書館員は、長年に渡ってコツコツと資料を蓄積するという仕事柄か、保
守的な人が少なくないようだ。

 公共図書館が利用者の貸出履歴を活用することについて、僕はもう是非を
論じるのではなく、技術的なことを考える段階だと思うが、依然として強硬
に反対する図書館員もいる。

 既にご承知の方も多いと思うが、こんな記事を見つけた。

「図書館は利用者の秘密を守る−カウンターで感じた素朴な疑問から−」
 (読書ノートのつもり?なつれづれ日記、2009-02-09)
 http://d.hatena.ne.jp/yoshim32/20090209/1234159904

こちらで紹介されているのは、『図書館は利用者の秘密を守る−カウンター
で感じた素朴な疑問から−』田中敦司(名古屋市緑図書館)みんなの図書館
2008年2月号 No.370 p.21−26である。
詳細は同ブログと「みんなの図書館」2月号を参照していただきたいが、こ
ちらで田中氏は、「読書記録を残しておくことは、個人の中では必要なこと
かもしれないが、図書館で管理されるようなものではない。大きなお世話で
ある。」と書かれている。
また僕が特に気になったのは、以下の記述だ。

○毎日のようにカウンターについていれば、常連のかたの読書傾向はだいた
 いつかめてくる。新刊図書を購入するときに、「この本を買えば、あの人
 とあの人は借りていくだろう」くらいは想像できるようになるし、またそ
 れが利用を前提にした選書だと言える。けれども、ここで購入した本が図
 書館に入ってきたときに、想定していた常連のかたに「こんな本が入りま
 したよ」とは言えないことである。なぜなら、その本を読みたい人の中で、
 たまたま自分の知っている常連にだけ、「特別に」情報を教えることにな
 るからである。利用者にしてみれば、こうした優遇措置があるなら受けた
 いという人もいるだろう。しかし、誰に対しても、平等でなければならな
 いのが、図書館であり、図書館員である。

○「図書館は杓子定規だ」と言われるだろうか。もしもそうなら、これはほ
 め言葉である。
 「杓子定規」の対義語として用いられる言葉に「融通を利かせる」がある。
 図書館が融通を利かせるということは、時と場合と相手によって対応を変
 えるということである。当然認められることではない。定規をゆがめるこ
 とはしてはならないのである。

これに対し、1年ほど前に図書館系ブロガーとして有名なG.C.W氏が即座に
反対の意を表明しており、最近ではACADEMIC RESOURCE GUIDEの岡本氏をは
じめ、幾つか批判的な意見が発信されている。
http://d.hatena.ne.jp/arg/20090211/1234346362

僕自身も、昨年9月に「朝焼けの図書館員」の『行政サービス≠図書館サー
ビス』という記事で、行政職員の考える平等と司書の考える平等との違いに
ついて書いている。
そこでは機会を平等に提供することと、結果を平等に配分することの違いを
指摘したが、田中氏の意見は結果が平等になることを重視するあまり、機会
を狭めてしまう発想ではないかと思う。
平等を口実にサービスを抑制しては、何より利用者のためにならない。
臨機応変な判断を避けて、法律や事例や何らかの理論に基づく立場に逃げ込
んでおけば安心というような考え方が、公務員全般に根強くあると常々感じ
ているが、そこで思考停止するくらいなら、そこに人がいる必然性はないん
じゃないだろうか?

田中氏がこうした文章を発表して、反対意見が出てくることを予測していな
かったとは考えにくい。
反論を承知で、敢えて意見を発表したのだろうから、議論の発端をつくった
という点は認めるが、この件に関しては、意見が平行線のままで良いとは思
わない。

              *  *  *

 2月7日(土)、和光大学津野海太郎教授の最終講義『図書館はなぜタダな
のか?』を聴講したが、この平等の捉え方を考える上でも興味深い話があっ
た。

指定管理者制度によって、営利企業が図書館を運営する以上、予算が削ら
 れれば図書館利用は有料化せざるを得ないだろう。そこから赤字と値上げ
 のサイクルに陥っていくというのが最悪のシナリオだ。
 すべてのサービスを経営効率で考える経済中心の考え方に慣れ、無自覚な
 まま改革を断行してしまう風潮が問題だ。
 そうではなく歴史的事実を踏まえ、政策的に今後の図書館のあり方を選び
 なおす必要がある。

 無料か無料でないかを「選びなおす」ということが講義の核だと捉えたが、
この講義と前述の「みんなの図書館」掲載の文献とを考え合わせると、図書
館サービスの機会平等と結果平等についても、いずれを採るのか意識的に選
びなおし、司書の役割を再定義する必要があるだろうと感じた。

 臨機応変な判断やサービスを放棄し、例えば単純に本の貸出作業を機械的
にするだけだとしたら、そこに職員を配置している意味がない。費用対効果
を考えれば、自動貸出機の方がずっと良いだろう。
機械的な作業はシステム化して、司書はもっと図書館ならではの情報の発信
や編集に時間を費やした方が、効果的なサービスに繋がると思う。

 冒頭に書いた貸出履歴活用のことも含め、これからの公共図書館サービス
は、利用者各個人に向けた情報サービスと、図書館からの一方的な情報発信
ではなく、利用者発の情報もサービスに取り込んでいくことが鍵ではないか
と思う。
流行の言葉でいうと、キーワードは「パーソナライズ」と「ソーシャル」と
いうことになるだろう。
 早くそういったシステムが実用化されて、具体的な機能の議論に移りたい
と思うのだが、それができる予算と人材の揃った図書館は滅多にない。

 愛知県の日進市立図書館では、「Amazonで買う」「Amazonで書評を見る」
というボタンがついていたり、利用者が書評を投稿できるなど、興味深い機
能を搭載したOPACを提供している。
 新館建設のタイミングで比較的潤沢に予算があるところに、有能な人材を
外部から招聘したことで実現したようだが、これは画期的なことだと思う。
せっかくここまでのものをつくったのだから、あとは図書館立ち上げのキー
マンである土本館長の思想を、市の図書館政策として積極的に継承して欲し
い。

 僕の勤務先のような普通の公共図書館にも、費用をかけずにできることは
たくさんある。
 前回も似たようなことを書いたが、新しいwebサービスを理解し、利用す
るサービスを選び、必要に応じてそれらをカスタマイズして導入すれば、あ
る程度のところまでは求めるイメージに近づくことはできる。
 そういうことを通じて、これからの図書館はこういうサービスをするとい
う実例を作らないと、利用者は何も選びようがない。だから、少しずつでも
動いてみる必要がある。
              *  *  *

 Webサービスの活用と同時に、インターネットを利用できない人に対して
も同等に近いサービスを提供したい。
全国どこであっても、パソコンの操作が苦手な人に対しての配慮は必要だが、
それとは別に、僕の勤務先のようにブロードバンド普及率の低い地域は、ま
た違った意味で困難に直面する。
 先々を見据えた場合には正しいことでも、いま現在の地域にとってメリッ
トの少ない事業に予算を投じることには抵抗が強い。
 だから、あくまで「パーソナライズ」「ソーシャル」といった考え方をサ
ービスに取り入れることが目的で、Webサービスの推進は手段だということ
を常に意識していないと踏み外す恐れがある。

 「ソーシャル」な機能は紙の掲示や配布、ご意見箱などで、「パーソナラ
イズ」機能はレファレンスカウンターで、それぞれ代替となるサービスが提
供できる。あとは、それらとWeb上の情報との結びつけ方を考えることにな
るだろうと思う。
 言葉にすると簡単だが、公共図書館ではレファレンスサービス自体が普及
しにくく、宣伝手段としてビジネス支援などの目新しい切り口をアピールし
ている館が多い現状を思うと、新たなサービスが定着するまでの道はなかな
か険しい。
 それに、こうしたサービスはどの図書館にとっても従来の業務にはなかっ
たことなので、始めてみると思わぬ苦労や失敗もあるだろう。
 だがここで、旧態依然としたことを繰り返していても仕方がない。
 
 いまの図書館で何か新しいことを始めようとする時に、いつも感じること
だが、現状を打破するには、図書館の意義や役割、体制などすべてを再定義
する必要があるのではないだろうか。
これはかなり大きなテーマになりそうなので、引き続き考えてみたい。

田圃
 「月刊地方自治職員研修」3月号掲載記事、自治体職員の方も支持してく
  れたのが、頼もしく嬉しかったです。
 →http://d.hatena.ne.jp/alittlething/20090226/p1