([本]のメルマガ vol.225より)

                                                                                                                                    • -

■「図書館の壁の穴」/田圃

                                                                                                                                    • -

第4回 負けない司書の戦術

 最近の公共図書館は、どんどんサービスを拡大している。
 ビジネスに役立つ図書館として、起業支援を行う例などは、テレビでもよ
く取り上げられている。
 開館時間の延長や、行政サービスの窓口として戸籍抄本や住民票を発行し
たり、パソコン講座や街づくりセミナーを主催する例も少なくない。

 ところが、人も予算も毎年減る一方で、このままではサービスの維持も向
上もかなり厳しい状況だ。
              *  *  *

 図書館の仕事は、単年度での費用対効果を考えてもあまり意味がない。
長期的に情報を蓄積する仕事なので、成果は数字では表しにくいし、サービ
スの質や司書のスキルも数字に置き換えるのは難しい。
図書館は予算や人が減るのは最初で、増えるのは一番最後なのが普通だ。や
はり何かと評価しにくい部門なんだと思う。

 僕の勤務する図書館は、蔵書約10万冊で、平日は1000人、土日は2000〜
3000人が来館している。ここでは2名の司書が、2交代勤務で週休2日だか
ら、問題があればその都度片付けるばかりで、実際には追われるような毎日
の繰り返し。外から見ると図書館は長閑な職場に見えるかもしれないが、実
態はそんなものだ。
 こんな状況だが、ここは最近出来たばかりの、内外からの注目度が高い公
共図書館だから、これでも恐らく恵まれている部類なのだろうと思う。
 正職員のいない、非常勤に任せきりの専門図書館なども珍しくはないと聞
いているし、大学図書館にいた頃は、出勤者が自分ひとりという状況で開館
することも度々だった。

 司書に限ったことではないと思うが、こうした状況で仕事をしていると、
例え好きで始めた仕事でも、高いモチベーションを維持し続けられるとは限
らない。
 評価されなければ腐ってしまうという部分が少なからずあるし、人によっ
ては、澱んだまま在職しつづけられる環境に甘えている場合もあると思う。

 そんな士気の低下やサービス精神の欠落は、図書館業務のアウトソーシン
グという黒船の出現で、最近になって変化してきている。

 江戸川大学が図書館運営を丸ごと外注したのを機に、大学図書館では業務
の委託が急速に進んだ。僕の前の職場も、管理職を除く全スタッフを派遣に
切り替えることになったと聞いている。
 公共図書館では、三重県桑名市のようにPFIで図書館をつくるケースや
山梨県山中湖村のように指定管理者制度NPO法人が村から運営を受託
しているケースもある。また、神奈川県川崎市のように、業務の一部を企業
に委託するような例は数多い。

 川崎市から受託しているのは有隣堂だが、このように新刊書店が公共図書
館業務を受託ということは、将来的に図書館の新しい面を引き出すことにな
るかもしれない。
 現状は、返却作業や棚の整理といった補助的な作業を請け負う契約に留ま
っているようだが、例えば先々、新刊本に関する豊富な知識を持った強力な
書店員が本の案内係として図書館に来るなど、やり方次第では相当なインパ
クトになる可能性もある。

 委託によって公共と民間の間の壁が崩れるのだから、本繋がりで業界の枠
を越えた活動を広げられれば面白い。
 例えば、絶版本と新刊本を混在させながら、独自の切り口で紹介するなん
てことも、図書館の蔵書を見渡せばできることだろう。
 こうした状況は、図書館、利用者、本関係の業界、読書人の大多数にとっ
て、大きな可能性を持った面白い状況だと思う。

 だが、今進められている図書館の委託というのは、理想的な図書館にする
ための手段として行われているというよりも、委託者側の都合が優先してい
るように思う。要するに、図書館が組織のリストラの標的になっているとい
うことが大きいようなのだ。
 だが実際には、業務委託は組織の人件費削減にはなっても、委託のコスト
と相殺どころか逆に高くつく場合がほとんどだ。
 受託する側から考えても、無償で公開が大前提の公共図書館を、年々削減
される予算額で丸ごと引き受けていては、収益をあげられなくなる。
運営予算が減る中で、市民から結果を求められるのだから、企業への人材派
遣と比べ、リスクの割に見返りは少ないだろう。

 それでも委託が進むというのはどういうことなのだろう?
 組織がどういう意図から、図書館を直接運営したがらないのかについて、
いろいろな方の意見を聞いてみたい。

              *  *  *

 図書館の現場としては、人がなく金もないなら頭を使うしかない。

 例えば、図書館の情報サービスには、もはやパソコンが不可欠だが、調達
して維持する予算や技術が、図書館にはないという話をよく耳にする。
 そこで、リサイクル品をかき集めて修理するとか、Windowsが買えないな
LINUXを使ってみるといったことを考えるのは、案外面白いし成果が出や
すいアプローチだと思う。

 実際に、僕の勤務先では100台以上の利用者貸出用ノートパソコンを用意
しているが、設定作業やトラブル対応、必要なLANケーブルの作成などを
、全く未経験だった図書館の非常勤スタッフに指導し、半年ほどかけてすべ
て自前で行える体制をつくった。
 100台をメーカーに任せたら途方もない額の保守費用が必要だが、こうし
た方法によって、大幅に金額を抑えることに成功している。
逆にいうと、この運用体制を前提にしたからこそ、100台を揃えることが出
来たと言ってもいい。

 システムは4年リースなので、リプレイスの時期に機器構成を見直すこと
になる。その時には、今の100台を維持することは恐らく予算上難しい。
 そこで今の段階から、リサイクルパソコンとLINUXの環境を用意して、次
に備えたテストを行っている。
 実際の運用の見通しがついたら、その100台で提供するサービスとして、
様々なコンテンツを、そのパソコン上で見られるような仕掛けを作る。そ
して、削ったコストと出来るようになった新サービスについてPRしてい
ければいいのではないかと考えている。

※図書館発のコンテンツに関しては、次回取り上げたいと思います

              *  *  *

 行政に必要とされれば、図書館は存続できるという発想で、行政支援サー
ビスと銘打ち、ストレートに役所の仕事に役立つことをアピールしている図
書館もある。
 だが僕はそういう方法よりも、利用者全般に対して何が出来るのかを考え
て、図書館の活動について情報発信することや、館の姿勢を対外的にどんど
ん知らせていくことが、実は行政の支援を得るための近道のように思ってい
る。そんな視点から考えれば、やれることは幾つも挙げられると思う。

              *  *  *

 今回書いたようなことは、組織全体のマクロな問題として議論することが
必要だし、そこを避けて図書館の中だけでどんなに考えても、所詮は対処療
法でしかないのはわかっている。
 でも、少なくとも僕には、行政改革を担おうなんて気はない。
魅力的な図書館づくりを考えた結果が組織全体に波及してもいいし、組織が
動かないなら動かないで、その中でやれることをやるだけだ。
 組織の無理解を嘆くとか、不満を訴えることなんかじゃなく、そうした状
況は状況として、それでもよりよい図書館を目指そうというゲリラ戦に臨む
ような気持ちが、図書館員には必要なんじゃないかと思う。

田圃兎:元SE・元大学図書館員の公共図書館員。