([本]のメルマガ vol.231より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第5回 情報発信①

 僕のいる図書館は、開館して2年目になる。初年度は開館して通常業務を
回転させるだけで精一杯だったが、そろそろ積極的に仕掛けるような運営を
開始したいと思っている。
図書館の仕掛ける情報発信に関して、この1〜2年の間によく名前を聞くよ
うになった「機関リポジトリ」というのが、ずっと気になっていた。

機関リポジトリとは、千葉大学によると「学内で生産された電子的な知的生
産物(学術論文,学位論文,プレプリント,統計・実験データなどの学術情
報)を蓄積,保存し,学内外に公開するもの」ということだ。
これは、商業出版ルートではなく、自ら情報を一元管理して公開するという
新しい情報流通の仕組みができることを意味する。

かつて、電子ジャーナルは印刷や流通のコストが抑えられる筈なのに、やた
らと高額なものが多く、紙の雑誌を買わなきゃ閲覧出来ないとか、失望させ
られることが多かった。
それだけに、ユーザーにとっては原則としてオープンアクセス(無料公開)の
機関リポジトリが充実すれば、大変なインパクトになるだろう。
既に、研究者の論文や講義ノート、授業で使ったパワーポイントのデータな
どもアップされているのだ。これはひょっとすると、学術出版の存亡に関わ
るくらいの破壊力を秘めているかもしれない。

こうした状況下で大学図書館は、著作権処理や情報の管理や配信のためのデ
ータ加工などに関わり、学内のあらゆる情報を扱う専門機関としてのポジシ
ョンを確立しようとしている。

 この機関リポジトリを、そのまま市町村立図書館に当てはめるのは、もち
ろん無理がある。だが情報を集めて加工する過程は、何か参考に出来るかも
しれない。

公共図書館が地域や行政の情報サーバーを志向するならば、現実問題として
関係各機関から情報を集めるための折衝が、大きな障壁となるのは目に見え
ている。
一方、大学の研究者も、権威ある学術雑誌に掲載されることに意識が向いて
いたり、リポジトリへの登録が面倒だったりといった具合で、機関リポジト
リに対してやはり難色を示しているようだ。
それに対して大学側は、リポジトリを学術情報流通の活性化や、組織や研究
者自身の宣伝広報のためとして、関係者が積極的に情報を提供したくなるよ
うな環境を整える努力をしている。

何にしても、抵抗がある中でリポジトリを立ち上げ、運用を始めるまでの過
程に関しては、先行している大学の事例から学ぶことは多そうだ。

 また、公共図書館リポジトリを目指す以上は、行政や地域情報以外に、
市民活動を取り込むことも重要だ。
 例えば、パソコン講座やデジカメの講座、街づくり講座、郷土料理の教室
や歴史の勉強会などの様々な市民活動に対して、図書館が積極的に資料提供
を行なう。その代わりに、例えば活動に使ったテキストや、成果をまとめた
レポート、活動状況の写真や動画といった記録などを図書館に提供してもら
い、機関リポジトリとしてそれを管理運営するというサイクルをつくれるの
ではないかと思う。
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 特定のトピックを対象とした調べ方をナビゲートする「パスファインダー
」の提供も、図書館の情報発信の一環と考えることができる。

パスファインダーというのは、「地域の寺」とか「野菜の作り方」とかいっ
たトピックについて、それぞれの調べ方をまとめたペーパーだ。例えばどん
な寺があるのかはこの資料、その寺の歴史はこの資料、お祭りについてはこ
の資料といった具合に、調べの段階に応じて、必要な資料を教えるような構
成になっている。
こうしたものは、よく学校の調べ学習の教材に使われている。これを、スー
パーのレジの横なんかにあるような、レシピ集みたいな感じで気軽に手に取
れるように置くのもいい。また同時にデータベース化するのもいいだろうと
思う。

図書館の受けるレファレンス事例を分析し、それに基づいてパスファインダ
ーをたくさん作成する。そしてそれをデータベース化すれば便利だろうと、
前々から思っていたのだが、既に各図書館のつくったものを集積し、共同利
用しようという試みが、私立大学図書館協会東地区部会の企画広報研究分科
会によって行われていた。
http://www.jaspul.org/e-kenkyu/kikaku/pfb/
この試みがうまく進めば、利用者にとって価値のあるものになりそうだ。

 また現在、国立国会図書館と各都道府県立図書館は、レファレンス記録の
データベース化を強力に推進している。
これはデータ件数がものを言うので、単館でやるよりは、国会や都道府県が
取りまとめてくれた方がずっと効果的なものが期待出来る。膨大な数のレフ
ァレンス事例が、共有のリソースとして使えることのメリットは大きいだろ
う。
ただし、同じ時期に同じ主旨で、国会と都道府県が別々に事業を進めている
状況というのは理解し難い。一般に縦割り行政と言われる状況以上に、立法
と行政の溝は深いということのようだ。

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 資料をデジタル化してホームページで公開したり、目録を編集発行するな
ど、所蔵資料に関する情報を発信するのも大切なことだ。

他にも、新着図書の案内を利用者にメールで送ることや、さらに一歩進めて
SDIサービスと呼ばれる、予め利用者が登録したキーワードに合致する資
料が入荷したら、メール等でお知らせするようなサービスも、既に普及して
いる。

図書館の新着資料を知らせることは、その図書館固有の情報だから意義はあ
る。
だが、「図書館だより」などに、新しいベストセラーの紹介文を司書が書く
ことは、それほどプライオリティが高いとはいえない。
それを書くことに悪戦苦闘するよりは、例えば書評の情報源を紹介するとい
うやり方も、情報発信の方法として考えてもいいだろう。
その分、図書館にしか出来ないことを優先的にやった方がいいと思う。

世間で絶版本が紹介される機会はそう多くはない。なぜなら古書店以外の市
場では、現物がもう手に入らないからだ。
だが、図書館はそうした資料も保存している点が特徴なのだから、率先して
紹介し、併せてその資料を提供するサービスをやらない手はないだろう。
それに、辞書や辞典類に関する書評というのはまず見かけない。
出版の世界で、ある会社が社運を賭けて編集した辞書を批判するのは難しい
と聞いたこともある。そういうことならば図書館が進んで書いたっていいし
、調査研究支援を行う司書が書くのだから、内容も期待できるだろう。
また、郷土に関連した資料の紹介も、街の図書館にしか出来ない仕事だろう
と思う。
司書は、その図書館ならではの仕事にこそ時間を費やして、館のオリジナ
リティを出して欲しい。

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次回、情報発信?へ続く。