([本]のメルマガ vol.267より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第11回 図書館とオンライン書店

今年の夏、アメリカのAmazon.comが図書館向けのサービス「Library
Processing」を発表した。
プレスリリースによると、書籍やメディアを購入する図書館は、目録のため
のMARCデータ、バーコードラベルの貼付、透明保護シートによるコーティン
グといったサービスをオプションで利用することができ、納品された本を即
座に利用提供できるようになるのだという。
詳しいことはまだよくわからないが、この通りのことが仮に日本でも実現す
れば、インパクトは相当に大きいんじゃないかと思う。

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国内の多くの公共図書館は、目録データ(MARC)を書店や取次から購入してい
る。
これは、ある程度慣れた目録担当者がいなければ、正確なMARCデータはつく
れないためで、自治体がそういう人を雇ったり育成するよりは、データを外
から買ってしまった方が安上がりだと判断した結果だ。
その判断の是非はさておき、昨年度末現在の日本の公共図書館数は2,951館
で、TRC(図書館流通センター)のMARCを利用している館が2,624館にも及んで
いる。
約9割の公共図書館がTRC MARCユーザーなのだから、これはもう、ほぼ独占
状態といっていいだろう。

TRCは別にMARCを売るだけではない。元々は図書館向けに本を供給するため
の書店だから、当然本を売っている。その本に、バーコードなどの装備をし
て、MARCとセットで販売する場合が多い。
もちろん装備は図書館スタッフがやるという館もあるし、ボランティアにや
ってもらう方針の館もある。
それに、本の購入は地元の書店からでなければ困るという自治体も少なくは
ない。
だが、全部丸ごとTRCに注文してしまう方が安く済むし、あとは棚に並べる
だけという状態で納品されるのだから、業務の省力化という点でも大いに魅
力的なのだ。

ところが、ほぼ一社独占に近い状態というのは、やはり好ましい状態ではな
い。
いくらTRCの設立経緯が、日本図書館協会の事業を継承した図書館運営支援
だといっても、現在は株式会社である以上、利潤を追求しなければおかしい
。だから、競争相手もなく毎年ほぼ言い値通りに契約せざるを得ないという
状況に対し、不満を感じている図書館は少なくない。

これは逆に言うと、TRCがいくら企業努力をして良心的な価格設定をしたと
しても、競争がないばかりに、常に図書館からは内心批判的な目で見られて
いるとも言える。
こんなモヤモヤとした状況を、「Library Processing」の登場は大きく変え
る可能性がある。
             *  *  *

図書館業務上、本を発注するときと、目録をつくるときにMARCを利用する。
発注するときに限っていうならば、指定したものが納品されるまでを管理で
きれば良いのだから、例えばAmazonの持つ画面上のタイトル情報をそのまま
使っても問題はない。
しかし、MARCデータを図書館の所蔵目録として管理するには、Amazonに限ら
オンライン書店の画面に出ている書誌情報だけでは少々心許ない。

例えば、「幸田露伴」「蝸牛露伴」「幸田成行」は同一人物だが、著者名検
索をした場合、「蝸牛露伴」と入れて「幸田露伴」の著作が全部ヒットする
オンライン書店は恐らくないだろう。
こうした著者名データに限らず、図書館では非常に細かい内容まで管理して
いる場合が多いので、単純にオンライン書店データを流し込んでしまうと、
今までの蓄積との整合性が維持できなくなってしまう。
一定の法則に従わないアバウトな目録では、本当は所蔵しているのに、見つ
けることが出来ない資料が大量に発生しかねない。

アーカイブとして本を半永久的に保存するならば、ある程度普遍性があって
実績も十分な規則に準拠して目録をつくっていく方が方がいい。
何十年も経ってから不備に気付いて、膨大な量のデータ修正作業に追われる
ような事態は、図書館としては絶対に避けたいところだ。

そんな規則に沿った蓄積という手間も考慮の上で、結局は図書館向けにつく
られたMARCを買い続けている館がほとんどなのだが、緊縮財政の自治体にと
ってその費用が問題になりつつある。
MARCが高いから、その分図書費を削減するなどという馬鹿げた話も、もう冗
談では済まされないようだ。

だから、「Library Processing」の、特にMARCデータの供給については非常
に気になる。
アメリカでのサービスは、あらかじめOCLCなど幾つかのMARC供給元から必要
なものを選択しておけば、Amazonで本を買うとそちらからMARCが届くらしい
。費用はラベル貼りやカバーかけなど各種サービスが0.15ドルからで、詳し
くは利用時にご相談とのこと。
残念ながらそれ以上の情報は、「ご相談」ということで、何度か聞いてはみ
たものの、教えてはもらえなかった。

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例えば将来的に図書館向けに日本のAmazonがユーズド本を、装備やMARC付き
で販売したら、これはかなり面白いんじゃないかと思う。
ベストセラーやHowTo本の複本みたいなフロー情報の提供にはユーズドを充
てて、保存して将来の利用に備えるためのストックの構築に、もっと費用を
回すような図書館運営も考えられるようになる。

図書館が積極的に古書を買える仕組みというのは、ありそうでなかったもの
だろう。
一般的に古書を買う場合には、新刊本を買う場合と比べると、MARCや装備を
一括で注文できなかったり、支払方法が通常の新刊本の購入と別の手続きに
なるなど、余計に手間とお金がかかってしまう。
だから、目録に魅力的な資料があったとしても、よほど必要不可欠な資料で
ない限りは、なかなか手を出しずらいという図書館が多い。
新刊本と同じ発注受入・支払手続きのルートですべてが完結するならば、図
書館にとってこれはかなり魅力的だと思う。

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Amazonと身近な図書館を同時検索するという「クネゾン」というシステムを
最近見つけた。
これは、Amazonのユーザーレビューを参考に、図書館の資料にアクセスする
という仕掛けなので、例えば興味のある分野から、利用目的に合った何冊か
を選ぶような場合には、かなりの効果が期待できそうだ。
ちなみに開発者は、図書館の情報提供が十分ではないから、こうしたシステ
ムを考えたのだと言っている。

そこで早速使ってみたのだが・・・残念ながらこれは検索精度に相当問題があ
るという印象を受けた。
例えば「オシム」と入力すると、Amazonでは何件かヒットして、それぞれの
レビューも参照することは出来る。だが、そこから僕の勤務先の所蔵を確認
してみると、結果は0件だった。
オシムの言葉」はウチの図書館にもあるが、「クネゾン」から探した場合
、所蔵していないことになってしまう。

この原因は、恐らく検索語の処理の仕方だろうと思う。
図書館のOPACシステムは、開発メーカーごとに癖があって、全文検索方式も
あれば、辞書ファイルを参照した検索語生成のプログラムを使っているもの
もある。辞書の精度も図書館によってまちまちだから、ある図書館では有効
な検索語であっても、別の図書館では検索できないという現象もよくある。

こんなシステムの問題以外に、各図書館のMARCデータの微妙な違いもある。
例えばヨミの記述で「1巻」を「イッカン」としている図書館もあれば「1
カン」とする図書館もある。「日本」の読みが「ニホン」だったり「ニッポ
ン」だったりするなど、細かい部分で違いがある以上、漏れのない横断検索
というのは、実はかなり厄介なことなのだ。
実際に、僕の勤務先の市立図書館も含めて、県内の全市町村立図書館を横断
検索するシステムを県立図書館が構築しているが、その精度はかなりお粗末
なものでしかない。

こうした各図書館のシステムの違いを全部吸収するような仕組みというのは
そう簡単には出来ないだろう。
そんな問題はあるにせよ、「クネゾン」の試みは目の付け所としては非常に
面白いし、参考になる要素を含んだ話だとは思う。

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勤務先に再来年導入する予定の次期図書館システムには、OPACからAmazon
bk1三省堂といった書店に誘導する仕掛けを盛り込もうと考えている。
これは、図書館への情報要求を書店にも誘導することで、書店や出版業界と
の共存を意識している。
また、最近はblogなど無料の情報が世に溢れている状況ではあるが、コスト
をかけてつくられた出版物の内容は、無条件にタダで提供されるのが良いと
は思わない。税か個人負担かはともかく、根本的に受益者負担が当然だろう
という思いもあって、そんな仕組みづくりに取り組んでいる。

この仕掛けに新聞記事情報や雑誌記事の索引情報、百科事典などの商用デー
タベースも組むことで、OPACから必要な情報に辿り着ける可能性をとにかく
高めようと考えている。
当面のひとつの目標は「該当する本はありません」で終わらない検索システ
ムにしよう、ということだ。

そんな外部の情報源を利用するのと並行して、図書館の貸出記録を上手く活
用したいとも考えている。
図書館がオンライン書店のようにユーザーレビューを収集するのは難しいが
、貸出記録を利用すれば、例えば「この本を借りる人は他にこんな本も借り
ています」といった情報を出すことは可能だろう。
そこからリンクでAmazonのユーザーレビューに飛べるとしたら、それもまた
面白そうだ。
図書館の貸出履歴というと、個人情報保護の観点からデータを残してはいけ
ないが、個人の利用履歴ではなく、あくまで本そのものの利用履歴を残す方
法ならば問題ない。

これを「良い考えだ!」と自画自賛気味に思っていたら、「情報の科学と技
術」誌の最新号で、ACADEMIC RESOURCE GUIDE主催の岡本真氏が、貸出記録
の活用について既に書いておられた。
そちらはかなり詳しく説明されているので、興味のある方は是非ご一読を。

ともかく2008年4月稼動予定の次期図書館システムでは、そんな機能も積極
的にどんどん盛り込んでみたいと思う。

田圃