([本]のメルマガ vol.279より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第13回 図書館業務委託の先にあるもの


 自分の住む地域に公共図書館が必要かどうかを考えている人は、いったい
どれだけいるのだろう?

 恐らく、毎年数百万とか数千万円の本を買っているという事実と、自分自
身の利用頻度を考え合わせると、大抵の図書館はオーバースペックだと思う
だろう。

 図書館の費用対効果を考えるときに、利用が多いことが効果だとしてしま
うと、利用率の低い蔵書は無駄かもしれないし、人口の少ない地域では図書
館そのものが無駄だという話になるのかもしれない。

 本当は利用の多寡は二次的な問題なのだが、特に外部に業務委託している
図書館では、いつの間にかそれ自体が目的化している傾向が年々強くなって
いる気がする。
              *  *  *

 運営を受託した企業は、人件費を抑えなければ利益が出ない。だから、安
い賃金で司書を確保しなきゃならない。

 自治体から業務委託を受けている企業では、市町村立図書館の副館長や現
場統括者クラスで、月給25万円程度の契約社員というのが相場だそうだ。
 その待遇では、現職のベテラン図書館員が企業に移籍して司書を続けるこ
とは皆無に近く、若い職員や臨時職員がリーダー格の職に就く場合が多いら
しい。

 従来は、公務員試験など何らかの試験をパスしなければ、興味や適性があ
っても、司書を生業とすることは難しかったのだから、それを考えると司書
になれる機会が増えて良かったという見方も出来る。

 実際に、臨時職員を1〜3年程度経験した人が、受託企業側のリーダーと
して着任しているケースを幾つか知っている。

 僕の知る何人かのリーダーは、図書館はこのままじゃいけないんだという
危機感や、何か新しいことをやってやろうという意欲が旺盛な一方、相反す
る要求を両立するためのバランス感覚が不足しているように感じられる。

 図書館学や図書館情報学分類学に書誌学など、図書館の周りには様々な
学問があるが、それらと図書館の実務とは違う。
 若葉マークのドライバーが、すぐにタクシードライバーになるのは、どう
考えても無理なことくらい誰にでもわかるが、社会経験の不足した新米の司
書をリーダーに据える無謀さについては、自治体側も請負企業も気付かない
のか気付かぬ振りなのか、ともかく困った状況にあるのは事実だ。

              *  *  *

 MARC作成の実績を武器に、破竹の勢いでPFIや指定管理者で図書館
運営に乗り出しているTRCにしても、図書館のプロを大量に抱えているわ
けではない。
 特に図書館運営のリーダー格の人材が不足しているので、昨年から大学院
図書館経営講座に出資するなど、人材育成に力を入れ始めたようだ。
 ある図書館にサブリーダーとして赴任予定の社員を、その大学院で学ばせ
るといった実例もあると聞いている。
 もっとも、そんな積極的な取り組みを進めていても、目下の人材不足は変
わらず、やはり経験の浅い人材に重責を負わせる状況は現在も進行中のよう
だ。

 そういった問題を含んではいても、こうした企業がどんどん図書館運営を
請け負い、たくさんの図書館を手掛けるようになれば、将来的には人事も資
料管理も図書館サービスも、ある程度一本化できる可能性が出てくる。

 全国には公共図書館が約3,000館あるが、仮にその2割の館の運営委託を
ひとつの企業が請けたとする。
 600館に平均3人ずつ司書を配置したとすれば、会社としては1,800人の司
書を抱えることになる。

 レファレンスサービスひとつ考えても、それだけの数の司書の知恵をかき
集めて対応できる仕組みができれば魅力的だ。
 司書の行うレファレンスは、資料に基づいた情報サービスなので信頼性は
高い。それに、回答するのが公共図書館なのだから、責任の所在が明確だと
いう安心感も大きいだろう。

 国立国会図書館をはじめ、幾つもの図書館でレファレンス事例のデータベ
ースを構築しているが、あくまで各館が公開できそうなものをセレクトして
出している。
 個人情報などが絡んで公開できない事例もたくさんあるし、各館が公開が
適当ではないと判断している事例も相当数存在する。
 そういった水面下の情報も社内共有できるとすれば、各図書館の調査能力
は飛躍的にアップするだろう。

 それに、それだけの数の司書を抱えていれば、社内で司書のキャリアパス
が構築できてしまう。
 人事異動で数年間だけ図書館に配置されるような公務員の図書館員と比べ
れば、司書が専門家としてキャリアアップできる分だけ、質の向上も見込め
るだろう。

 何しろ600館を1つの組織として動かせるのだから、その効果は大きい。
 現在、TRC MARCを採用している館は2,700以上あるが、これと同
様に、9割以上の図書館から運営を受託できたとすれば、公共図書館界全体
が巨大なチェーン店のように運営できてしまうことになる。
 管理部門の集中など徹底した効率化も進むだろうし、全部の図書館予算を
一元的に管理できるようにもなるだろう。
 選書権を持っていれば、各館分担で毎年全部の国内出版物を買い揃えるこ
とさえ可能だ。
 各図書館間を、定期的に本社スタッフが巡回するのに合わせて、担当者が
物流機能も担うとしたら、全国規模で送料無料の相互貸借システムも実現で
きるだろう。
 図書館システムも、各館に置かず1つに集中すれば、費用の圧縮効果が大
きいので、浮いた費用を資料のデジタル化に回せるかもしれない。そうすれ
ば、全国の公共図書館総合目録システムと、地方の貴重な文献のデジタルデ
ータが公開できるようになる。

 先々、こんなメリットが容易に予想できるのだから、人件費を安く済ませ
て目先の収益を期待するような考え方ではなく、思い切った人材登用に、ま
ずは着手すればいいんじゃないかと思う。

 図書館も、質の良い人材の確保が成功の鍵を握るという点では、他の業種
と何ら変わりはない。
 今までの図書館では、どうしてもそこで働きたいという人ならば、この程
度の条件でも働いてもらえるだろうという、足元を見透かしたような悪条件
での求人が非常に多かった。そういう状況が長く続いた結果、どこか同じよ
うな傾向の人材ばかりが目に付くような状況になっている感じは否めない。

 公務員試験のようなひとつの尺度で採用を決める必要がないのだから、何
も既存の図書館の知識を持った人ばかりではなく、書店や出版社の人材を呼
んでも良いだろうし、企業経営のプロやIT系のスペシャリストを呼ぶこと
もできるだろう。

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 企業が委託を請ける場合、計画的に全国規模で図書館サービスを改革する
ような大きな視点で考えるならば、図書館利用者にとって良い結果に向かう
のかもしれない。

 本当はこういうことは、文部科学省主導で行っても良い話だと思う。
 でも、委託が進行して次の局面に入っている以上、その新たな枠組みを利
用して、より良い形を模索する方が建設的じゃないかと思う。

田圃