([本]のメルマガ vol.291より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第15回 新図書館システム導入リポート

 毎年、多くの図書館ホームページで、本の予約ができるようになったり、
携帯電話から蔵書を検索できるようになったりと、機能がどんどん拡張され
ている。
 こうした機能の拡張は、一般に3〜5年のサイクルで機器の寿命やリース
の満了などを理由に、各館がシステムをリニューアルしているため、そのタ
イミングで行われることが多い。

 リニューアルでどこがどう便利になったのかは、各図書館がPRするけれ
ども、そこに至るまでの図書館内部での検討過程は、あまり人目に触れるこ
とはない。
 そこで、僕の勤務先で実際に進めている次期システム導入の舞台裏を、こ
こで紹介してみようと思う。

              *  *  *

 図書館システムには、NECや富士通、日立などの大手メーカーが開発し
た製品と、図書館システムを専門とした小規模な会社の製品とがある。

 小規模な会社は、低価格や迅速な開発、SEの図書館に関する知識など、そ
れぞれ強みがあるので、そうしたシステムを採用している図書館も少なくな
い。
 だがある会社では、たった1人のサポートエンジニアが50館以上のシステ
ム運用をサポートしているので、トラブル対応に非常に時間がかかるという
話を聞いたことがある。
 以前勤めていた都内の大学図書館でも、別の小さな会社が作ったシステム
を導入したことがあったが、ちょっとしたトラブル対応に、いつも1か月以
上かかったり、担当SEが次々と転職してしまう点などに、随分悩まされた記
憶もある。
 もちろんすべての小規模メーカーがそうではないのは重々わかっている。
 けれど、そういうリスクも少なからずあるということも事実だ。

 開発会社の大小に関わらず、社を挙げて取り組んでもらえるほど、潤沢な
予算やネームバリューがあるわけでもない図書館としては、リスクを避ける
意味で、サポート体制が比較的充実していると定評のある、大手メーカーと
今回は組む方が良いだろうと考えた。

 また地方の中小規模の図書館の場合、メーカーと直接契約するのではなく
、その地域の代理店と契約を結ぶケースが多い。
 開発元は、各図書館の希望を取り入れて、毎年少しずつシステムをバージ
ョンアップしているが、代理店を通した契約の場合は、開発に意見が反映さ
れにくい傾向がどうしても強い。
 それに、開発している本社のエンジニアと直接話が出来ず、不都合な点が
出てきてしまうことも多い。
 実際に、今使っている図書館システムでもそういった悲哀を味わっている
ので、次こそはメーカー本社契約を実現しようと、去年の春から準備を進め
てきた。
              *  *  *

 導入することになったのは、あるメーカーの大学図書館用システムだ。
 公共図書館には、公共図書館用のシステムがちゃんと売られているので、
敢えて大学用を選ぶケースは非常に少ない。

 例えば、画面インターフェースを、大学用の日本語・英語の2モードから
、大人向け・子ども向けの2モードに改造するなど、幾つかの手直しをしな
ければならない。
 そんな面倒を承知で、敢えて大学用を選んだ理由は、雑誌バックナンバー
の管理機能が充実していることに加え、利用者サービス機能の拡張性が、公
共図書館用のシステムではどうにも不足だったからだ。

 公共図書館用のシステムは、どのメーカーの製品も、雑誌は捨てるものと
いう前提でつくられている。
 その一点だけを考えても、雑誌の永久保存を標榜している僕の勤務先の図
書館としては、必然的に大学版を選ばざるを得ない。
 同じ理由で、資料保存に力を入れている県立図書館では、大学図書館用の
システムを使用している例はいくつかある。

 また、利用者サービス面でも、ここ数年の間に相次いで大学図書館が採用
している、MyLibraryと呼ばれる機能に以前から注目していたこともあって
、この点でも大学用であることが望ましかった。

              *  *  *

 MyLibraryというのは、図書館サイト内の個人向けのページのことで、利
用者番号とパスワードでログインして使うことができる。
 個別にきめ細かいサービスを提供しようとする考え方は面白いし、何より
MyLibraryという名称が魅力的でもある。

 メーカー出荷時のMyLibraryには、「複数館の所蔵を横断検索する」、「
あらかじめ登録しておいたキーワードに合致する本が入荷したら知らせる」
、「リンク集を自分のページ内に作れる」などといった機能が標準で用意さ
れている。
 このように、最初から用意されているのは、あくまでサービスを提供する
ための枠組みである。
 せっかく利用者ひとりひとりが自分のページを持てるのだから、もっと魅
力的なサービスができる余地はたくさんあるんじゃないかと、以前から思っ
ていた。

 このMyLibraryの中で提供するサービスとして、貸出履歴を活用しamazon
レコメンド機能(おすすめ商品の紹介)のようなことしてはどうかというこ
とを、少し前にこのメルマガで書いたことがある。

 ACADEMIC RESOURCE GUIDEの岡本真氏が、以前から貸出履歴の活用につい
て発言されているが、それに対し図書館関係者から相当強硬な反発があると
聞いている。
 反対理由は、読書履歴は個人の思想と深く関わるもので、個人情報の中で
も特に第三者に漏洩させてはならないということらしい。
 だから、履歴情報の保存に対してさえも否定的で、ましてやその活用など
言語道断だということのようだ。

 東京都内の図書館で、派遣社員が個人情報を持ち出した事件があったのは
記憶に新しいが、そういう事例をあげるまでもなく、危機管理上、できるだ
け情報を持ちたくないという気持ちはわからなくもない。
 でも、履歴を保存してはいけないという法的根拠はないのだから、悪用で
きない運用ルールと、厳しい罰則規定を決めれば、履歴の保存や活用をして
も、構わないのではないかと思う。

 少々話が逸れるが、一切の利用情報を図書館に残したくないならば、図書
館で借りずに買って読めばいいんじゃないかという気もしなくはない。
 仮にデータを消したところで、窓口職員の記憶には残るのだ。
 図書館が、真摯に個人情報保護に取り組むことが大前提だが、公共の本を
個人が借りて読む以上、一定の情報が何らかの形で管理されてしまうことは
、どうしたって避けられないんじゃないだろうか。

 貸出履歴を保存することに関しては、利用者各個人が選択できるようにし
ておいて、その上でレコメンド機能の利用など、新しいサービスに繋げてい
ければ良いように思う。

 それはさておき、レコメンド機能の利点は、関心のある分野の予期しない
資料に出会える可能性を高めることだろう。
 これは、サービスのパーソナライズ化を指向するMyLibraryの機能に上手
くフィットするはずだ。

 ところが、これを書店の販売促進という点から考えれば、確かに効果的だ
と思うのだが、最近になって、これと同じ仕組みをそのまま図書館に持ち込
んで貸出履歴を利用することについて、ちょっと気になる点が出てきた。

 例えば、一番関心のある分野の必要な本は買うけれど、ちょっと気になる
程度の本は図書館で借りて済ませるという人にとっては、自分の貸出履歴は
あまり役には立たないのかもしれない。

 でも、借りた本であっても、そこから選択してレコメンドの処理の対象か
ら除外できる機能を用意したり、自分で買った本を登録しておく仕組みも用
意しておけば、精度をあげることはできる。
 そこに、図書館サイトを通してオンライン書店から本を買うと、図書館に
ポイントが還元されるような仕組みを導入することも興味深い。
 また、他の図書館と相互貸借で利用される資料も多いので、将来的には自
館の蔵書に限らず、他の図書館等のレコメンド機能も提供できるようになれ
ば更に良いと思う。
そんなことも、今の段階から視野に入れておきたい。

 そうして考えをどんどん膨らませていくと、当然ながらその分だけシステ
ム開発費も膨らんでしまう。
 だから、今回どこまで実現させるのかは、今後SEと相談して決めていく
ことになる。
 これは、公共図書館としては恐らく初の試みになる。今後こうした機能が
普及するための、きっかけになるような良いものを、共同開発のような形で
実現することができたらと思っている。

              *  *  *

 またこのレコメンド機能とは別に、関心をもっている分野の本と出会う可
能性を高める方法として、例えば本の巻末にある参考文献リストのような感
覚で、似た読書傾向の人が公開しているお薦め本のブックリストを見るのも
効果的ではないかと思う。

 だから、MyLibraryの中で各人がつくった自分のブックリストを公開しあ
い、そのリスト同士が相互にリンクする仕掛けにしても面白い。
 これならば、レコメンド機能と比べると、技術的なハードルはそれほど高
くはないだろう。
 互いに機能を補完するような関係で、レコメンド機能とブックリストの両
方を持つことができれば、より面白そうだ。

 こういうブックリストの機能はamazonも実装しているが、「ブクログ-WEB
本棚サービス-」http://booklog.jp/は、その表示方法なども含めて特に
優れているように思う。
 図書館は、システムのカスタマイズ予算に限りがあるし、司書はエンジニ
アではないので、あんなに凄いものを構築し、維持し、さらに発展させ続け
るなんてことことは、無理な話のように思う。
 だから、いっそそちらにリンクを貼って、図書館利用者を誘導するという
考え方もアリかもしれないと一時的に思い巡らしてみたが、ここはやはり、
図書館ユーザー間で蔵書を紹介しあう形のコミュニティ形成も考えてみたい

 まずは機能を絞ってでも、自館のMyLibrary内で提供できるものをつくっ
てみたいと思う。

 こんな「集合知の活用」を、幅広い利用者層を抱えた公共図書館でやって
みることは、大学のような深さとはまた違った、非常に幅の広いものになる
だろう。特に、郷土史研究などの分野については、有力なコンテンツが生ま
れる可能性もあるように思う。

 このMyLibraryのレコメンド機能やブックリスト機能以外にも、まだまだ
検討しなきゃならないことは山ほどある。それについては、また次回お伝え
したい。

田圃