([本]のメルマガ vol.297より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第16回 新しいシステムを考え続けること

 最近、「今後の図書館システムの方向性について」という報告書が、国立
大学図書館協会より公開された。

 この報告書の主な内容は、従来の本を管理するためのシステムから、利用
者サービスを中心に考えた新しいシステムにシフトしようという提言だ。
 そのために、amazonGoogleWikipediaなどに見られるような、いわゆ
web2.0的な手法を取り入れるのが有効だという。

 ここで言われているweb2.0的な手法というのは、いくらweb2.0が、参加者
の誰もが情報発信者になれるという概念だとしても、SNSやブログや2ちゃん
ねるを運営しましょうということではない。
 利用者の発信する情報を図書館が何らかの規則によって体系化し、蓄積す
ることで、それを集合知として活用し、各利用者個人にサービスとして還元
するという考え方だ。

 amazonのレコメンド機能に代表されるような、企業で既に行われているサ
ービスの考え方や技術を、新たに取り入れましょうということなので、この
報告内容自体は、それほど目新しい話ではない。
 ただ、大学図書館の団体が、明確にこうした方向性を打ち出したという点
は、割と重要なことじゃないかと思う。

 公共図書館では、まだこうした話はほとんど聞かないが、amazonGoogle
のユーザーは、学生と研究者が大半の大学図書館よりは、恐らくは公共図書
館の利用者層により近い。
 そう考えると、市町村立図書館のサービスにweb2.0的な手法を取り入れる
ことは、的外れではないだろうと思う。

 システムのパーソナライズ化による個人向けサービスや、集合知の活用は
利用者の幅が広い公共図書館ならではの効果も期待できると思うのだが、ど
うだろう?
             *  *  *

 公共図書館におけるweb2.0的な技術を使ったサービス事例ということで、
図書館利用者が蔵書データにコメントを付けられる仕掛けを開発したという
話を聞いた。
 これは人口3万人程度の小さな地方都市の市立図書館だが、既にこの4月
から利用者のコメント文も検索できる仕組みも実装して、運用を開始してい
るという。
 今のところ、図書館内の端末に限ってのサービスだが、近いうちにインタ
ーネットからも利用できるようにするそうだ。

 利用者からの反応は、自分の意見を述べられる場が出来たことを歓迎する
声と、小説のネタバレを懸念する意見や、そんなものは不要だといった否定
的な意見などとが半々の状況だという。

 大手のオンライン書店が、既にそうしたことをやっているのだから、情報
量という意味では地方の市立図書館がどう頑張っても敵うわけがない。
「だったら蔵書検索結果から書店サイトのコメントにリンクさせてもらう方
がいいんじゃない?」というのが普通の感覚だろうと思う。
 だが、図書館には市場で入手できない資料もいっぱいあるのだから、将来
的にこれとオンライン書店を横断的に見られるようになれば、あらゆる資料
を相互補完する試みとして、一定の評価を得られる可能性はある。

 しかし、利用者が気軽にコメントを書き込めれば、情報量は増えるのかも
しれないが、蓄積した情報を評価する機能がなければ、量の増加に伴って全
体の質が下がっていく恐れがある。
 だからといって、図書館の判断で人のコメントをボツにしてしまったら、
意見が市に否定されたなどと問題になる場合も考えられるので、やはりコメ
ントを参照した人による評価を反映して、マイナス評価の多いコメントは自
動削除するといった工夫があった方が良いだろうと思う。

 また、例えば自分の専門分野についてピンポイントで資料を探している人
など、コメントが表示されることにメリットを感じない人もいるだろう。
 検索結果の画面に、問答無用でコメントを表示してしまうのではなく、要
否の選択はできた方がいいだろうし、初期設定は非表示の方がいいんじゃな
いかとも思う。

 それからここが一番気になるのだが、コメント内容の信頼性をどう考える
のかという問題があるだろう。
 図書館側では、利用者が自己責任でコメントを書いたと考えていても、第
三者から見れば、図書館で得た情報という認識に変わりはない。
 書き手と読み手それぞれの自己責任なんですよと説明しても、すぐに理解
が得られるかどうかは疑問だ。
 だから、図書館が主体的にコメントの信頼性を確保するよう、何らかの形
で介入せざるを得ない。
 実際にこの図書館でも、サーバーにデータをアップする前に、公序良俗
反するコメントをスタッフが目で確認し、場合によっては削除しているそう
だが、僕はそれだけでは不足じゃないかと思っている。
 それというのも、例えばコメントに何かを引用した記述があるような場合
その内容が正確かどうかまで、きっちりチェックした方がいいんじゃないか
と思うからだ。
 神経質に思われるかもしれないが、司書としての今までの経験から、図書
館で提供する情報は、できるだけ匿名ではなく出典が明らかである方が良い
と考えている。
 極論すれば、司書を含めた図書館という機関自体が出典だと言ってもらえ
るくらいが理想じゃないかとさえ思っているので、利用者の書いたコメント
を、詳細な検証作業を経ないまま、図書館から本の情報として提供してしま
うことには、やや疑問を感じる。
 明らかに誤りだとわかるコメントを発見した時に、それを利用者がどう感
じ、その情報を発信している図書館をどう評価するだろう?
 そうした意味で、コメントの扱いについては慎重に考えた方が良いような
気がする。

 気になる点はあるにせよ、この図書館の試みはまだ始めたばかりだし、今
後の展開にも考えがあるようなので、最終的な評価にはまだ早い。
 積極的に新しいサービスを検討し、今の時点でこうした機能を実現してい
ること自体、大いに評価されて良いと思うし、今後に期待したいと思う。

 ちなみに、他の図書館の司書がこのシステムを見学に訪れると、一様に
「予算がないからウチでは無理です」と言うらしいのだが、今のところこの
機能追加には、一切費用をかけていないそうだ。
 実はこの点が一番凄いんじゃないかという気がする。

             *  *  *

 ことさら奇抜さを重要視する訳ではないが、「こんなこともできるのか」
と 驚いてもらえる仕組みを提案して、図書館に人の目をを惹きつけること
は、実は案外大事なことだと思う。

 漠然とした興味からアクセスした人が、「本を借りる」「読書する」とい
う既存の図書館の枠組みを越えるサービスを実感することで、その人にとっ
ての公共図書館のイメージが一変するかもしれない。

 僕のいる図書館で、来年4月稼動に向けて準備中の、個人がブックリスト
を公開して、それを他の人のリストと相互リンクさせ、情報を共有する仕掛
けや、貸出履歴を活用したレコメンド機能の導入について、前回のメルマガ
で紹介したが、こうした個人向けのサービスの充実したシステムを計画して
いるのは、ひとつにはそんな点を意識している。

             *  *  *

 先々、常に効果的なシステムを開発して、逐次投入し続けられれば良いの
だが、amazonGoogleと違って、その辺りが公共図書館ではなかなか難しい。

 僕の勤務先では、来年4月から5年リースで新システムを導入するが、そ
の5年の間に大幅な機能拡張は、ほとんど期待できない。
 機能拡張のために新規で予算を確保することは、今の市町村の財政状況を
考えると、ほぼ不可能に近い。恐らく、最初に仕様を決めて契約したシステ
ムを、そのまま5年間使い続けることになるだろうと思う。

 ところで、地方自治体の会計には、減価償却という概念がない。
 壊れて廃棄するまで、あらゆるものを使い続けるというのが原則論だ。
 そんな中で、数年サイクルで新システムの予算を確保していくこと自体が
実はかなり難しいことだったりもする。
 それでいながら、amazonGoogleを意識したシステムを構築し、長期に渡
って陳腐化しないものを維持しようというのは、相当困難な話でもある。

 ちょっとしたスクリプトが書ければ、自前でいろいろ出来ますよ、などと
異業種の方によく言われるのだが、そんなことができる人材を確保している
市町村立図書館など、僕のところに限らず、滅多にないだろう。
 勉強すればいいと言われるだろうが、習得したところで新たにシステム開
発業務を手掛ける余力などない。
 例えば僕自身にしても、副館長と庶務係長と図書館係長を兼務しながら、
雑誌業務担当とシステム担当も兼ねて、さらに選書や書架管理も担当しつつ
時々は貸出カウンターの当番もやっているような状況だ。
 他のスタッフも、皆何かを兼務しているので、これ以上の負荷を加えれば
恐らく破綻してしまう。

 そうした現場の状況も踏まえると、システムという枠組みを改良し続ける
ことに力を注ぐのは得策ではない。むしろ、データの蓄積に集中できる器を
まずは確実に用意しておくことが重要だろうと思う。

 人と情報源とを結びつけるために、今まで通り蔵書データを蓄積し続けな
がら、同時にブックリストや貸出履歴といった個人の情報を蓄積し続ければ
提供できる情報の量が増え、個人へのきめ細かいサービスが、より効果的に
行えるようになるだろうと思う。

 そうして構築されたある種のコミュニティを拠り所に、各人の図書館利用
がそれぞれ何らかの形で変化していくかもしれない。
 例えば、似た嗜好の人のブックリストを参照することで、自分の知らなか
った資料を発見する可能性はあるだろうし、そうしたことが利用者間で相互
に起きてくることも大いに考えられる。
 そんな発見を通して、興味のきっかけができたり、より深くその分野を調
べる動機付けになる可能性もあるだろう。

 そんなことも、長期的なシステムの評価の1つとして考えられるのかもし
れないとも思う。

             *  *  *

 システム構築の予算が乏しい図書館では、望んでもなかなかこうしたシス
テムを導入するのは難しいだろう。
 そこで、こうした図書館システムの分野こそ、各館が個別に構築するので
はなく、企業に構築から運営までを委託出来ると良いのではないかという気
がする。

 企業に任せる場合は、個人情報保護の問題が気になるが、既に指定管理者
PFI公共図書館を幾つも運営しているという事実も一方にはあるので、
それと同じことと考えて良いのではないかと思う。
 やはり、罰則も含む厳密なルールに基づき運営することで、リスクを最小
限に抑え、利用者の信頼を得られるよう努める以外にないだろう。
 大体、公務員の不祥事がこれだけ相次いでいるのだから、民間は不安だと
いう考え方も、何か違うだろうという気がしなくもない。

 それはさておき、複数館と契約した企業がデータセンターを設置し、図書
館利用者の集合知を、各館共同で利用できるようにしたとする。
 そうすれば、単館で構築するよりも、データ量が多い分だけ効果的なサー
ビスが可能になるかもしれない。
 データの共有だけでなく、利用者向けのサービスシステム自体を共有でき
れば、地域に関係なく同じサービスが受けられるようにもなるだろう。
 そんな具合に、受託する企業が、各図書館の集合知を活かした柔軟なシス
テム構築を行うならば、それは図書館を運営する僕らにとっても、魅力的な
選択肢になり得るように思う。
 
 どこか、そういうことをやってみたい企業はありませんか?
 
○ 田圃