([本]のメルマガ vol.303より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第17回 ICタグについて

 最近、ICタグを採用する図書館が急速に増えている。
 先日横浜で行われた図書館総合展には、ICタグ関係の製品を扱う企業が
20社近く出展していて、どのブースもかなり賑わっていた。

 ICタグといえば、少し前に野菜の流通などで実証実験が盛んに行われて
いたトレーサビリティの話が広く知られている。
 タグの情報を読み取って、産地から消費者までの流通過程を全部チェック
する仕掛けは、既に実用化されているようだ。
 それと同じように、図書館の本や利用者カードの情報がトレースされて、
貸出情報や個人情報がチェックされてしまうとしたら恐ろしい。

 だが、今の図書館用ICタグの発信する電波は数十センチの範囲にしか届
かない微弱なものなので、例えば図書館出口のゲートのようなものを設置し
て、その間を通ってもらわない限り、データを読み取ることは不可能だ。
 だから、現実問題としては図書館以外の場所でデータをチェックされるこ
とは、まずあり得ないだろう。

 ちなみにICタグに書き込まれている情報は、図書館利用者カードの場合
は利用者番号が、本のICタグには本の登録番号と貸出手続き済みかどうか
を判別するフラグが記録されているだけで、普通はそれ以外の情報は入って
いない。
 だから、仮に第三者に情報を読み取られたところで、あまり実害があると
は考えにくい。

 かつては書誌データをICタグに埋め込んでおき、館内を歩きながら携帯
端末の画面に情報を表示させる仕掛けなども考えられていたが、図書館の蔵
書データベースと、すべての本に貼られたICタグの内容を連動させる技術
がまだまだ未完成なので、そういう取り組みは最近ではあまり聞かなくなっ
た。

 ともかく、ICタグによるトレーサビリティと、利用者のプライバシーの
問題については、こんな具合に回避できているので、今のところは安心して
も良いと思う。
              *  *  *

 僕の勤務先では4年前からICタグを使っている。
 ICユーザーとしては、今のところ、図書館でICタグを使うメリットは
資料の不正持ち出しを防止できることと、貸出手続きを効率化できることの
2点が最も大きいだろうと思っている。

(1)不正持ち出し防止効果

 ICタグではなく、磁気による不正持ち出し防止装置は、30年ほど前から
大学図書館を中心にかなり普及している。
 この方式ならば、ICタグの半分以下の費用で導入できる。

 ただし、この磁気方式には問題が2つある。
 1つは、資料に貼った金属テープに磁気を除去/付加するための消磁帯磁
装置と呼ばれる機械があるが、そこから出ている電磁波による健康被害への
懸念だ。
 国際非電離放射線防護委員会が定めたガイドラインでは、1000mG以下が望
ましいとされているのに対し、ある大学図書館のカウンター周辺では、その
10倍以上の値が検出されたという報告もある。
 そうかと思うと、人体に影響のないレベルの電磁波しか出ていないといっ
た報告もあったりするので、実際のところはよくわからない。
 電磁波と健康被害の因果関係そのものも、まだ実証されていないらしいの
で、一概に悪いと言い切ってしまうのも問題だろう。
健康被害に配慮して、電磁波をカットする商品も幾つか販売されているの
で、そうしたものを導入するのもひとつの方法だと思うが、電磁波を浴びつ
づけている人は健康影響調査が必要だと言われていることや、実際に健康被
害を訴えている図書館員も多数いることを考えると、なるべく近寄らない方
が安心だろうという気がする。

 もう1つの問題は、セキュリティゲートが頻繁に誤作動するため、利用者
とのトラブルが多いという点だ。
 誤作動の原因はなかなか特定しにくいのだが、経験上、どうも折りたたみ
傘などの金属に反応してしまうケースが多いようだ。
 そう言えば、以前働いていた大学図書館では、特定の女子学生の下着の金
属に反応しているらしいというケースがあったので、その人が図書館を出る
ときには必ず一声掛けてもらうといった、ひどい運用を強いられていたなん
てこともあった。

 これら2つの問題に限っていえば、ICタグ方式はかなり高いレベルでク
リアしているので、機能的には優れていると言えそうだ。

(2)貸出手続きの効率化による効果

 ICタグを使うと、バーコードの場合と違って本をまとめて台に置くだけ
で、一気に資料番号が読み取れるようになるので、本の自動貸出機の操作が
非常に簡単になる。
 簡単だから、利用者は進んで自動貸出機を利用してくれるようになり、図
書館カウンターの負担は格段に少なくなる。
 負担が減った分だけ、レファレンスに力を入れるなど、利用者サービスの
向上を図れるのが、貸出手続効率化による一番のメリットだろうと思う。

              *  *  *

 次に、ICタグの良さを活かす方法として、まだ僕の勤務先では実現でき
ていない機能を2つ紹介したい。

(1)不正持ち出し資料の特定

 どの資料が不正に持ち出されたかを、セキュリティゲートのアンテナで読
み取って、職員用パソコンの画面に表示するという機能が、既に実用化され
ているそうだ。
 これは、女子栄養大学図書館がブレインテックという会社の図書館システ
ムを使って実現したのだという。
 1999年から2001年の3年間に、全国の都道府県立図書館から7万5千冊も
の本が盗まれてしまったというが、こうした仕組みはかなり強力な抑止力に
もなるだろうと思う。
 それに限らず、例えば荷物の中にうっかり図書館資料が紛れ込んでしまい
気付かずに退出しようとしてゲートが鳴った場合とか、貸出手続きを済ませ
たつもりが勘違いして持ち出してしまった場合なんかにも、この機能は有効
だろうと思う。

(2)自動返却処理装置の導入

 ベルトコンベアの上を返却資料が移動する間に、ICタグを読み取って返
却処理を済ませた上で、郵便局の仕分け装置と同じ具合に、市内の各分館ご
とに搬送先を自動仕分けする装置がある。
 ただし、返却資料が汚れたり破れたりしていないかどうかを、最終的に目
視で確認して、状態によっては弁償してもらうといった、図書館業務の流れ
に、この仕掛けが上手くフィットするかどうかは少々疑問だ。
 まだ導入した館はないようだが、今後採用する図書館では、これをどうい
う流れで使うのか興味深く思う。

              *  *  *

 次は、ICタグについてちょっと疑問に思う点。

(1)蔵書点検の効率は上がるのか?

 蔵書点検というのは、検索端末に表示される本が、実際にちゃんとあるの
かどうかを確認するために、大体年に1度くらいの頻度で行う図書館全体の
棚卸作業のことだ。
 通常は、本のバーコードを1冊ずつ読み取っていくが、ICタグを使うと
一度に何冊も読み取れるので、作業速度は数倍速くなる。

 だが、この年に1度くらいしか使用しないIC対応蔵書点検機が、1台80
万円以上もするのだ。
 それを2台用意するよりは、普段使っているノートパソコンにバーコード
リーダーを繋いだものを10台用意した方が、安上がりである上に、恐らくは
作業も速いだろう。

 ただ、この手順については、最近ちょっと気になる点が出てきた。
 ICタグは、時々読み取ってあげないと寿命が短くなるという話を、複数
のICタグ関係業者から聞いたのだが、それならばIC方式の蔵書点検で年
に1度くらいはタグを読み取る方が良いということになる。

 ICタグは半永久的に使えるものではないので、何年くらい機能すれば良
しとするのかを考える必要はあるだろう。
 その上で、各館がそれぞれ折り合いをつけて運用できればいいのではない
かと思う。

(2)費用

 今のところ、図書館用ICタグの単価は、どのメーカーも大体90円程度が
相場のようだ。
 それをすべての本に貼るとしたら、10万冊なら900万円+貼付作業費用が
かかる。もちろん、新しく買う本1冊1冊の価格にも、タグ代が上乗せされ
ることになる。

 ICタグに対応した機器も安くはない。
 貸出カウンターと事務所に1つずつICタグの読み書きをする機械を入れ
て、図書館出口にIC対応のセキュリティゲートを設置し、さらに自動貸出
機と蔵書点検機を1台ずつ導入する場合、ハードウェア価格と設置工事費で
少なく見積もっても500万円以上はかかるだろう。
 しかも、それらを図書館システムと連動させるには別にお金が必要だ。
 さらに、こうした機器はパソコンと同じで大体5年程度で入替が必要にな
るのだから、恒久的にかなりの費用がかかることになる。

 こう考えてくると、資料購入予算が少ない図書館ならば、タグにかける費
用で本を買った方がいいという判断になる場合もあるだろう。

 ただし、資料の不正持ち出し対策でタグの採用に踏み切る場合、費用対効
果を考えるのに、その損失分も考慮しないといけない。
 もっとも、ICタグ方式よりは磁気方式の方がずっと安く済むのだから、
そちらも比較検討する余地はあると思う。
 
 ところで、不正持ち出しで失われる資料の価値を、単純に金額に換算して
考えるのは、ちょっと違うんじゃないかという気がする。
 二度と手に入らないような貴重な資料や、絶版の資料が失われることを考
えると、購入時の金額で単純計算するのが適切だとは、司書としてはとても
言えない。
 だから図書館としては、その点も踏まえて費用対効果を考えないといけな
いだろうと思う。

 税金で本を買って、さらに盗難防止に税金を使うくらいなら、いっそ税金
で本を買うのはやめようという自治体が現れても、もう不思議ではないだろ
うという感じはする。
 何しろ、突然資料予算を9割削減して、市民の寄贈で補うと言い出した自
治体すら存在するのだ。
 そんな意味でも、タグ周辺にかかるコストの圧縮が強く望まれる。

              *  *  *

 ICタグとその周辺技術は、まだ発展途上だ。

 例えば、ある本を台に置くと、それに関連する情報が次々と画面表示され
るようなシステムはもう実在している。
 だが、資料の番号を読み取って、データベースを検索して何か表示すると
いう処理ならば、何もICでなくバーコードを使っても、機能的には同じも
のがつくれるだろう。

 本と利用者カードを持ってセキュリティゲートを通過するだけで、貸出手
続きが完了する仕組みというのは、昔からよく可能性として語られてきたこ
とだが、これはもう技術的には十分可能なはずだ。

 それと、ICタグの特性を活かすという意味で、必要な本がどの棚にある
のかをリアルタイムで表示するような、ダイナミックな仕掛けはやはり欲し
いところだ。
 そうは言っても、それにはすべての棚にIC読み取りアンテナを取り付け
る必要があるので、まだ公共図書館が手を出せるような価格では実現不可能
だ。
 現時点でそんなことが実現できているのは、蔵書が数千冊規模までの小さ
な図書室や専門図書館に限られている。

 いつか、ゲートを通過するだけで貸出手続ができるようになって、すべて
の棚に安価なICアンテナが取り付けられたとしたら、司書の仕事は大きく
転換する可能性があるだろう。
 恐らく、求められた本の場所を案内するような仕事は減るんじゃないだろ
うか。
 その代わり、商品名しか知らない店員よりも、用途や使い勝手まで知って
いる店員を客は頼りに思うのと同じように、司書も今以上に本の中身に関す
る知識が問われるようになるんじゃないかという気がする。
 これは、いままでの職務に加えて、本と人とを結びつけるという意味で、
バーテンダーやソムリエに近いような役割も求められるということだ。

 そこでもし、満足度の高いサービスが提供できないとしたら、短絡的に図
書館に専門職は不要だとか、ボランティアで運営すればいいという話に発展
するかもしれない。

 そう考えると、ICタグの進歩は司書にとって脅威にもなり得るし、図書
館サービス向上の起爆剤にもなり得るんじゃないかと思う。

              *  *  *
 
 最後に、先日の図書館総合展で紹介されていた、ICタグ関係の製品につ
いて触れておきたい。
 磁気方式の金属テープと極小のICタグを組み合わせた「コンビタグ」と
いうものだ。
 不正持ち出し防止機能に磁気方式を使いながら、本のデータをIC部分が
保持しているものなのだが、これならば、データの読み取りに関してはIC
の特性を活かせる上に、セキュリティ機能の寿命はずっと長い。
 ICタグの欠点を上手くカバーしたものと言えそうだ。
 さらに、いま最も普及している図書館用ICタグは、本に貼付されている
バーコードラベルのサイズがほとんどなのだが、このコンビタグは、幅2.5ミ
リのテープ状なので、いたずらで剥がされる心配も少ない上に、資料の文字
が隠れてしまう心配もない。
 磁気の誤作動問題や電磁波の問題をどう考えるかにもよるが、これは可能
性のある商品じゃないかと思うし、こういう発想は大事だろうと思う。

 こんな具合に次々と魅力的な製品が提案されている分野なので、先はなか
なか予測しにくい。それだけに、興味深いし期待も大きい。

田圃