([本]のメルマガ vol.309より)

                                                                                                                                    • -

■「図書館の壁の穴」/田圃

                                                                                                                                    • -

第18回 それでも図書館は続く

 今回は、4月稼動予定の新図書館システムについて、紹介しようと思って
いたのだが、残念ながらそうもいかなくなってしまった。
 市役所の都合で、新システム導入計画が突然中止になってしまったのだ。

入札参加業者から中止理由は何でしょうか?という問い合わせを受けるま
で、図書館側は中止になったことさえ知らなかった。
 それくらい急な決定だったので、ともかく事情を確認してみたのだが、人
によって言うことが食い違っている。後に、財政状況が厳しいからという説
明があったのだが、それだけが理由なのかどうか、本当のところはよくわか
らない。
              *  *  *

 僕は現在、市立図書館の副館長を務める地方公務員だが、元々は図書館づ
くりのために呼ばれた傭兵みたいなものなので、市民と議員はもちろん、雇
い主である市役所も顧客だと思っている。
 僕に求められているのは、市の設定した予算に応じて図書館をオープンさ
せ、サービスを軌道に乗せることであって、少なくとも行政改革ではない。

 だから、いろいろ言いたいことはあるにせよ、市政全体を考えて調整する
役目の人もいれば、図書館を良くすることが役目の人もいるのだと割り切る
ことにしている。
 他の自治体では、図書館の置かれた状況を改善するために、議員に根回し
をしたり、いろいろ苦労されている図書館管理職の方も多いとは思うが、僕
の場合は限られた条件の中で、最大限のサービスを実現することの方に重き
を置いているので、予算を多く確保すれば勝ちだとは思っていない。
 もちろん図書館の価値や役目を説くこともあるし、必要に応じて予算や人
を要求する場合もあるのだが、それに応えるかどうかは市が決めることだ。
 応じられない場合はそこで交渉に見切りをつけ、あとは現場をどう動かす
かに、すぐに頭を切り替えるようにしている。

 今回、1年間検討してきたシステムが中止に追い込まれてしまったことに
ついては、僕ばかりでなくスタッフも相当残念に思っているのは事実だし、
これまで協議してきたメーカーに対しても申し訳ないことだった。
 だが、現在のシステムの寿命は、せいぜいあと1〜2年なので、いずれに
せよ新システムを入れることにはなる。その時には、今回の検討してきたこ
とを活かす形でメーカーとの協議を再開し、部分的にでも機能を実現したい
と思っている。
 
 システム計画の中断は、アーカイブ機能や調査支援機能の重視といった館
の基本的な方向性に影響が及ぶ話ではないので、何かを失ったわけではない。
 それどころか、多くの図書館スタッフを巻き込んで、新しい機能を検討を
してきたことが、良い研修機会になっていたのは事実なのだし、そういう良
かった部分を活かしつつ、次の計画に進みたいと思っている。

 それにしても、ふと周囲の自治体の様子を見てみると、隣の市では開館し
て3年で購入雑誌が半減したというし、隣の隣の町ではコスト削減のために
トップの号令で突如指定管理者に任せることになったと聞いている。
 どこも大なり小なり似たような感じで、現場の意図通りには事業が進めら
れず困っているようだ。
 だから、このタイミングで僕のところで起きたことと、その先の考え方に
ついてここに書くことにも、多少の意義はあるかもしれないと思う。

 今回計画していた仕様に関しては、システム機能には旬というものがある
以上、何らかの形で公表して、どこか別の図書館で役立てて欲しいというス
タッフ一同の意見もあったので、これについてはいずれどこかで発表しよう
と考えている。そちらについては、また動きがあればお伝えしたい。

              *  *  *

 図書館がシステム業務をを抱えるのではなく、親機関の電算担当部署が担
当するケースは、公共・大学・専門いずれの図書館でも、そう珍しいことで
はない。
 僕のところも、そんな流れに傾きつつあるのだが、それはそれでシステム
業務のアウトソーシングだと割り切って、歓迎してもいいんじゃないかとい
う気がしている。
 業務システムに左右されない情報サービスの方法は他にもあるのだから、
別のやり方で利用者サービスの向上を考えればいい。

 例えば、今回考えていた利用者サービスシステムの構想には、モデルとな
る考え方として、amazonのレコメンド機能、booklog.jpの本棚など、既に外
部で動いているサイトがあった。
 だから今後は、そうしたものと図書館とを上手く結びつける方法を模索し
てみるのが良いかもしれないと思う。

              *  *  *

 図書館から行う情報発信については、最近ふと思いついたことがある。

 僕のいる図書館の名誉館長は、地元出身の著名な詩人の方なのだが、図書
館開館前にその方から大量の現代詩関係資料が寄贈され、ずっと未整理のま
まになっていた。
 この資料の整理に、来年度から地元の現代詩愛好家を中心としたボランテ
ィアの協力を得られることになっている。
 作業を手伝ってもらえるのだから、図書館にとっては非常にありがたい話
なのだが、ただ整理作業をしてもらうだけでは、ちょっともったいない。
 詩に造詣が深い人たちが、レアな資料に触れる機会なのだから、その作業
の様子をホームページやブログに書いてもらえれば、興味深いものになる可
能性は高いような気がする。

 これはほんの一例だが、こんな具合に機会を捉えて、図書館を使って情報
を発信する人を増やしていくのは面白いんじゃないかと思う。
 図書館側がホームページやブログ等、本に関する情報発信の場を設けてお
いて、そこを活用してもらうような進め方をすれば、いずれは市民発の本に
関する情報にアクセスするポータル的な位置を占めることができるかもしれ
ない。

              *  *  *

 個人からの情報発信以外に、図書館という機関としての情報発信を考える
上では、蔵書データの活用の仕方が大きなポイントになるだろうと思う。
 現状の図書館システムの蔵書検索機能は、簡単に検索できる代わりにノイ
ズが多かったり、詳細な条件指定が出来ても、本当に必要な情報だけを過不
足なく抽出することは難しい。
 だから、各利用者がそれぞれ条件と項目を指定した蔵書データを、自分の
パソコンにダウンロードできるようにしておき、MS-AccessExcelなど各自
好きなソフトを使って、自由に処理してもらうようなことも考えたいと思っ
ている。
              *  *  *

 オンライン書店など書籍流通業界との連携は、勤務先ではまだ未着手の領
域なので考える余地は多く、少し前から積極的に検討している。

 どの自治体でも図書資料費が減っていくことを考えると、図書館間相互貸
借にも限度があるだろう。
 だから、図書館になければ買ってでも読みたいというニーズにも、きっち
り対応できるようにしておきたい。

 新刊本なら近くの書店に注文して取り寄せることもできるが、古書の場合
はそうもいかない。
 僕の勤務先のように、神保町みたいな大古書店街はもちろんのこと、古書
店がほとんどないような所の場合、「日本の古書店」や「スーパー源氏」に
図書館利用者を誘導する意義は大きいんじゃないかと思う。
 特に、最近知った話なのだが「スーパー源氏」は、古書取り扱いサイトの
中では、ちょっと面白い位置を占めているんじゃないかと思う。
 各地の古書店組合との関係が薄いので、特定地域の業者への利益誘導では
ないと説明しやすいことや、全国各地の古書店が自由に参加できる運営形態
であること、現時点でもかなり個性的な古書店を数多く抱えている点など、
図書館のパートナーとして考えると、かなり有利な要素が多い。
 ここをキーに、各地の小さな古書店と全国の公共図書館が繋がっていくこ
とは、マクロな意味で全国的な地域活性化に寄与できるという見方だってで
きるのかもしれない。
 しかも今後は、地方小出版物の販路として、スーパー源氏を活用するよう
だし、何やら図書館と親和性の高いサービスも期待できるんじゃないかとい
う予感もする。
              *  *  *

 僕のいる図書館では、今後はこれまでの資産を活かしながら、財政規模に
応じた消耗戦を続ける一方で、サービス拡大・向上のためのゲリラ戦を展開
していくことになるだろう。
 開館4年目でこういう戦略に転じるというのは、予想よりも随分と早かっ
た気がするが、開館以来毎年予算が減少し続けているのだから、こうした方
向転換がいずれ必要になることはわかっていた。
 この段階になると、ある意味ではイベント的だった図書館立ち上げ事業に
ひと区切りがついて、恒常的な図書館運営事業に移行しつつあるということ
じゃないかと思う。

 こうなってくると、図書館づくりに呼ばれてきた傭兵の役目は一通り終わ
ったのだから、この先は市政全体を考えつつ図書館事業を担当する市役所の
管理職になるか、ベテラン司書として現場で指揮を執るか、後継者を育てて
去るかのいずれかを選ばざるを得ないと思う。
 そんなこともあって、この先も本や情報と人とを結びつける仕事を続けら
れるよう、そろそろ個人的に先のことも考えてみようかという気になり始め
ている。

 サービスの枠組みを考える仕事でもいいだろうし、それを実践する立場も
面白いだろう。図書館に限らず、書店や何か別の角度からでも、本を取り巻
く状況に、小さくてもいいから風穴を開けるような、そんな存在になれない
ものだろうか。今年はそんなことを考えながら、いろいろと動いてみたいと
思う。

田圃