([本]のメルマガ vol.315より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第19回 発想の転換について

 僕が大学図書館から公共図書館に移った2002年頃、公共図書館のシステム
に関する話題は、ICタグをはじめとした業務省力化の話が中心だった。

 システムによって、利用者が様々な情報源にアクセスするのを支援すると
いう発想はあまり感じられなくて、それにあたるのはホームページのリンク
集くらいだったように思う。
 リンク集は、図書館員が利用者をナビゲートする目的で、情報源をセレク
トし編集しているのだから、もちろん便利なものも多い。
 だが多くの大学図書館では、既に5年以上も前からオンラインジャーナル、
学術系のデータベース、機関リポジトリといったネット上の情報源に、利用
者を適切に導く方法を考えるなど、個人向けの情報サービスを明確に意識し
始めていた。
 それ以前からそうなのかもしれないが、少なくともその頃には公共図書館
は、情報サービス機関として周回遅れになっていた。

 確かに大学と公共とでは、サービス対象となる利用者が違う。
 だが、外科も内科も医者は患者を健康な状態にするのが仕事であるように
司書は利用者と情報源との橋渡しをすることに変わりはない。
 現に公共図書館は、インターネットを自由に使いこなす市民に対しても、
情報サービスを行っているのだから、利用者をいかに情報源に導くかについ
て、大学図書館から学べることは少なくない。

             *  *  *

 世界各国の図書館と図書館関連ブログを紹介する「LibWorld」というドイ
ツのブログがある。
 既に30か国近くの有志が、自国のレビュー記事を執筆していて、日本から
は「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」というブログを書いている方が
中心となって国内の図書館系ブログをまとめ、記事を編纂してきた。

 これを眺めてみると、専門図書館大学図書館、あるいはソフトウェア業
界の方や図書館情報学の研究員、図書館系の学生といった人たちと、公共図
書館員とでは、明らかに視点が違うことがわかる。
 情報サービスの仕組みや著作権制度、情報流通過程の考察などを通して、
よりサービスを向上させるにはこんな方法があるんじゃないか?と活発に問
題提起しているのは、公共以外の図書館や情報サービス業の人が圧倒的に多
い。
 それに対して公共図書館員のブログでは、公共図書館に関するトピックや、
指定管理者の話などの政策について論じているものが多いように思う。
 図書館経営や予算、人材などの話も重要だが、それ以前に図書館は何を目
指すのかという大前提が欠落しているように僕には感じられる。

 例えば、公共図書館員は頻繁に異動するから人材が育たないという話をよ
く聞く。
 人事制度にももちろん問題はあるが、異動で図書館に配属されてた行政職
員が「図書館のことはよくわからない」と言いながら、それでも何とか勤務
できてしまうという公共図書館の現状は、どう見ても甘すぎる。
 意欲も能力も低い人は、きちんと淘汰できるような評価制度を図書館内に
設けるくらいのことをした方が、利用者の期待値も図書館の価値そのものも
ずっと高まるのではないかと思う。

 これを突き詰めていくと、公務員人事とは相容れない話になるのだが、現
場の担当者が公務員である必要など、そもそもないんじゃないかと思う。
 だからといって民間に委託すればいいのかというと、委託内容を決めて、
お金を出すのが役所側である以上、役所に図書館事業を評価する能力がある
のかという点が、どうしてもネックになる。
 公共図書館は行政から独立した教育委員会に属しているが、いくら独立し
ているといっても、人も予算も役所が握っているので、人事問題の解決は期
待できない。
 新たに図書館を建てておきながら、建物ができれば完成したとばかりに、
資料費やシステム費が出せなくなるような、ランニングコストにすら考えの
及ばない見通しの悪いやり方を最近よく聞くのだが、それはもう人事制度以
前の問題だろう。
 現状を見ていると、人もお金も完全に地方自治体とは切り離さない限り、
長期的な図書館政策に基づいた人事や予算配賦が実現するとは思えない。
 文部科学省でも国立国会図書館でも企業でも構わないが、例えば国立大学
法人のようなイメージの、自立した運営母体を立ち上げられないものだろう
か?
 それくらいの荒療治をしなければ、流れは変えられないんじゃないかと思
う。
             *  *  *
 
 研究者が自分のテーマについて、何か専門的な事項を調査しているような
場合、大学図書館員もそれほど効果的なレファレンスサービスができるとは
限らない。
 ただ僕の経験上、何か具体的な資料を探している場合には、割と効果的な
サポートができたことが多かったように思う。

 公共図書館ならば、その地域の行政・文化・歴史など、あらかじめ司書が
一定の知識を持っていなければならない分野はあるが、基本的にはあらゆる
分野の資料を扱っているし、どんなレファレンスにでも対応しなければなら
ない。
 だからといって、いくらあらゆる分野といっても、例えばマニアと呼ばれ
るような人が公共図書館のレファレンスサービスで、その筋のコアな具体的
事実を確認しようとは思わないだろう。
 それでも、何か具体的な資料を探そうという場合には、司書がサポートで
きる余地があるというのは、館種を問わずどの図書館も同じだ。
 だから公共図書館は、文献調査についてもっとツールを揃え、その使い方
を習得するとか、情報源を探すといった方向に力を入れた方がいいと思う。
 そこが弱いと情報サービス機関としての価値は著しく下がってしまう。

             *  *  *

 僕がこんなことを言うまでもなく、大学図書館や民間の情報サービスを参
考にして、公共図書館のサービスを見直した方がいいと思っている公共図書
館員ももちろんいる。
 だが残念なことに、そういうことを考えている人たちは、図書館運営に関
して何かを決定する権限を持っていないことが多い。

 権限がなくても、自由に意見を出せるような職場ならば良いと思うが、そ
うではない場合は、できる範囲で自分の思うサービスを実現させながら、目
指しているサービスの方向性や、どんな利用のされ方を期待しているのかを、
利用者向けに本音でどんどん発信して欲しいと思う。
 図書館のような組織で仕事をしていると、相手に言質を与えないという暗
黙のルールに縛られてしまい、利用者と率直に対話できる機会は、一般的に
そう多くはないだろう。
 でも、当たり障りのない議会答弁のようなことを言っているだけでは、利
用者の関心は高まらないし、いま以上の支持を得ることは難しいだろう。
 図書館の持っている情報で、外部に漏らせないのは利用者の個人情報くら
いなもので、大抵のことはオープンにしても差し支えないのだから、妙に役
所や上司に気兼ねする必要はないだろう。
 もっと率直に利用者に語りかけ、対話を通して理解と支持を求めていくと
いうのが、やはり正攻法ではないかと思う。

 そういうことを抑えつけるような組織は、恐らく早晩消えてなくなるだろ
うし、頑張って低い賃金で働いても、それではあまり面白くないだろうと、
僕は思う。

             *  *  *

 身近な発想の転換ということで、僕のいる図書館の例を2つばかり。

 前回お知らせした通り、図書館のデータを各個人の好みに合わせて提示す
る、サービスのパーソナライズ化計画が、役所の都合で一度中止になってい
る。
 これを受けて、それならばブログをはじめとした無料の外部サービスを使
って、やれることを模索しようという方向に切り替え、現在はまたゲリラ戦
に突入している。

 まず、ブクログという仮想本棚サービスを使って、季節ごとのイベント棚
の紹介を今月から開始してみた。
 書影が表示されたり、同じ本が入っているほかの人の本棚を参照できると
いったブクログの機能そのものに魅力を感じて使用に踏み切ったのだが、こ
うした外部の無料サービスを使って、新しい情報サービスの実験を行うこと
が、将来的に自前でシステムを構築する場合に備えた情報収集にもなると考
えている。

 それからもうひとつ。
 パーソナライズ化を指向したシステムが、すぐには構築できないならば、
いっそ蔵書データを丸ごと利用者に差し出して、好きなように利用してもら
ってはどうかと考えている。
 これは、ずっと昔に流行ったエンドユーザーコンピューティングの考え方
そのもので、図書データをダウンロードしてもらって、あとは利用者側で自
由に検索でも加工でもしてもらおうということだ。
 普通、図書館の利用者は、仕組みが良くわからない蔵書検索機能を提供さ
れて、たまたまそこで検索してヒットしたものを見せられているに過ぎない。
 それに対して図書館で働いている側は、必要に応じて例えば郷土資料やDVD
を、受入日や配架場所などで自由に条件を指定して抽出し、作業に使ってい
る。
 こうした図書館員が日常的に使っている作業用のリストは、貸出情報など
が出ていない限りは、大抵はそのまま公開しても差し支えないものだ。
 だったら、自分達が便利に使っている、必要に応じてデータを抽出して自
由に加工するための材料を、丸ごと利用者に開放しない手はない。

 そうはいっても、何十万件もの大量のデータをそのままダウンロードして
もらったところで、使い方に困る人も多いだろう。
 そこでMS-Accessを使って、データを活用するためのユーティリティを自作
して、それも公開しようかと考えている。
 これから具体的に動き出そうという段階なので、見通しは何ともいえない
が、大学図書館にいた頃に、MS-Access2.0でスタンドアロンの検索端末を自
作して公開したこともあったので、何とかなるだろうと思っている。
 いずれここで報告できるよう、がんばってみたい。<参考URL>
「LibWorld」
  http://infobib.de/blog/features/libworld/
「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」
  http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/
ブクログ
  http://booklog.jp/

田圃
 某市立図書館副館長・・・兼、係長兼雑誌担当兼システム担当。