([本]のメルマガ vol.327より)

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■「図書館の壁の穴」/田圃

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第21回 パーソナライズドサービスの導入策

 ホームページをどんなデザインにするか、そこでどんなサービスを提供す
るかは、普段から司書の間で大きな関心事になっている。

 ホームページを通じて魅力的なサービスを提供すれば、図書館のサービス
が普及するという考え方の図書館員も多いが、闇雲にその考えを突き詰めて
いくと、結局はYahooやGoogleと同じ土俵で評価を得ようということになる
んじゃないかという気がする。

 MyLibraryを使って、個人の嗜好に応じた情報サービスをすると言っても
既にAmazonやYahoo、Googleなどはパーソナライズドサービスを当たり前に
行っているし、SNSやブログサービスのように、最初からパーソナルなサー
ビスだって世の中には溢れている。
 だから、これらと競うような考え方はしない方がいいだろうと思う。
とはいえ、図書館の利用者はあくまで個人なのだから、今後コンピューター
を使った個人向け情報サービスの充実が求められることも、もはや間違いな
いだろう。

 そんなことを考えていたときに、興味深く読んだのが「情報の科学と技術」
Vol.58, No.5に掲載されている、慶應義塾の角家永さん・木下和彦さんが書
かれた「iGoogleガジェットを活用した図書館サービスの提供」だ。
 この内容をすごーく大雑把に紹介すると、ブログやSNSなどネット上に自分
の場所を持っている人が多いから、自館Webサイトとは別にiGoogleやMyYahoo
のような外部のパーソナライズドサービスに、図書館サービスへの入り口を
付けてはどうかという話だ。

 こういうアプローチによって、地元のGoogleユーザーの何パーセントかが
公共図書館を訪れるようになって、本や雑誌といった紙の資料がきちんと保
存されていることに気付き、有効に図書館を活用してくれるようになる。
 そんな可能性にも、ちょっとは期待出来そうな気もして、これは魅力的な
話じゃないかと思った。

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 いくらiGoogleがパーソナライズドサービスだからといって、大学図書館
が個人認証を丸ごと任せているわけではない。
 蔵書検索のような一般に公開されているサービスはiGoogleから直接利用
できるが、個人認証後に提供する文献複写依頼や購入リクエスト、学内関係
者のみ使用可能なオンラインデータベースなどは、iGoogleから自館の
MyLibraryに誘導して、図書館のサーバーを使って提供している。
 既に多くの大学図書館では、MyLibraryによってWebサイトのパーソナライ
ズ化は済んでいるから、このようにiGoogleガジェットを図書館への入り口
と割り切れるのだろう。

 これと比較すると、公共図書館にはMyLibraryのようなパーソナライズド
サービスの仕組みもないし、そこで提供できる特別なコンテンツを持ってい
るところも少ないのが現状だ。
 慢性的な自治体財政難の中で、MyLibraryシステムを新規に導入する予算
を確保するのも簡単ではない。
 だから、個人認証機能どころかそこで提供する貸出予約、貸出状況照会、
レコメンド機能やブックリストのような個人向けサービスを、iGoogle
MyYahooに委ねるというのも、ひとつの方法ではないかと思う。

 利用者の個人情報を外に出すのには抵抗があると思うが、図書館運営その
ものを企業に委託している例と比べれば、大同小異だろう。
 それに、個人情報と直接結びつかない形で貸出履歴を活用する方法もない
わけではない。
              *  *  *

 個人認証に関しては、九州大学のPIDシステム(個人IDシステム)に見られ
るように、図書館がすべての利用者を特定できる情報を持つのではなく、必
要に応じて個人情報を第三者機関に照会するという考え方が、既に現れてい
る。
 詳しくは「大学図書館研究」の81号に掲載されているが、これまたすごー
く大雑把に説明すると、要はクレジットカードと似たようなものをイメージ
すれば良いかもしれない。
 買い物をするときに、お店の人にカード番号を知らせても、銀行口座番号
はもちろん、住所や電話番号などを知らせることはない。お店から照会をう
けたカード会社が、支払い手続きと代金の回収を行う。
 PIDシステムもこれと似た構図なのだが、図書館はあらかじめ利用登録者
全員の連絡先を把握しておく必要はなく、連絡が必要になったときに、はじ
めてわかれば良いという考え方が大前提となっている。

 公共図書館ならば、図書館は利用者の住所や連絡先といった個人を特定す
る情報を一切持たず、単に利用者番号だけを管理しておく。その番号と個人
情報との紐付けは、自治体の長が管理する。
 こうすれば、仮に図書館から情報が漏洩しても個人は特定できないし、自
治体の長の直轄部門から情報が漏れても、貸出履歴とは繋がらないので、リ
スクは軽減される。

 こんな考え方を取り入れられれば、レコメンド機能やブックリスト機能を
含む図書館のパーソナライズドサービスをアウトソーシングできる可能性も
出てくるんじゃないかと思う。

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 ところで、現状のiGoogleやMyYahooを日常的に使う人がどれくらいいるの
だろう?
 僕の周りには1人もユーザーがいないので、どういう人が使っているのか
今ひとつ想像しにくい。

 もしGoogleやYahooが、パーソナライズドサービスをもっと普及させよう
と考えているならば、公共図書館のMyLibrary機能を肩代わりするようなサ
ービスを始めるのも良いかもしれない。

 ただし図書館員の立場で考えると、現在のiGoogleやMyYahooの機能だけで
はまだ物足りない。
 例えば図書館員の資料紹介と並べて書評記事を出すとか、横断検索ガジェ
ットを組み込んで近隣図書館の所蔵状況を出すとか、オンライン書店の注文
画面に飛ぶとか、近くの書店の地図が出るとかいった具合に、本に関するポ
ータル的な初期画面を提示できれば、結構面白いものになるんじゃないかと
思う。
 さらにレコメンド機能やブックリスト機能、オンライン書店への誘導機能
など、これからの図書館システムに求められそうな機能も盛り込んで、ユー
ザーが情報源にたどり着くための支援機能を充実させて欲しいとも思う。

 各個人のパーソナライズ化された画面上に、地域の企業が広告を出したり、
利用登録時に入力してもらうプロフィールに応じて、初期画面に近隣企業の
ガジェットが組み込まれるようになれば、GoogleやYahooにとってもメリット
が出てくるんじゃないだろうか。
 そんな流れから、地域ごとのガジェットライブラリのようなものに発展し
て、結果的に地域産業の活性化に繋がったりする可能性もあると思う。

 もっとも、住民から「なぜ我が町はGoogleなのか?」というような問いは、
間違いなく出てくるだろう。
 だから、理想を言えば利用者自身がiGoogleでもMyYahooでも、あるいは他
のパーソナライズドサービスでも、利用者自身が好きなものを選択できるよ
う、複数企業と提携できるのが望ましいと思う。

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 パーソナライズドサービスによって実現できる機能で、今のところ僕が一
番面白そうだと思うのは、ブックリスト機能だ。
 ある本を借りた人は、他にどんな本を読んでいるのかを次々と辿っていく
ことで、興味のある分野の未知の資料に出会う可能性が広がる。
 物理的な本の配列やOPACの機能・個人の検索技術などとは関係なく、自分
の読んだ本を基点に探せるというのも、大きな魅力だと思う。

 こうした仕組みの実現には、貸出履歴なり読書履歴なりの蓄積が必要なわ
けだが、ただ読んだ本をすべて記録しておくというだけならば、そこに図書
館システムが介在する必要はない。
 他人の記録同士がリンクして、興味が重なる人のブックリストを辿って本
を探せる仕組みをつくるとしても、やはり図書館システムが関与する必然性
はないだろうと思う。
 だが、各個人が積み上げる読書履歴やブックリストといったデータを、責
任を持ってずっと保存しようとなると話は違ってくる。

 例えば、希望者の読書履歴を図書館のブックリストに永久保存するという
選択肢があれば、何世代も後の人にも役立ててもらえるかもしれない。
 そこまで長大なスパンで考えなくても、幼少期に自分が読んだ本の記録が
大人になっても残っているとしたら面白いだろう。
 そんなことから、読書体験に広がりを与えられる可能性はあるんじゃない
かと思う。
 そのために責任を持ってデータを保存しようと考えると、概ね寿命が数十
年単位と言われる企業に委ねるよりは、行政に任せた方が良いような気がす
る。

 ただ、現状の公共図書館がそうした事業のスタートラインに立つには、財
政や人材などあまりにも問題が多く、少なくとも市町村レベルで自治体や議
会の理解を得られる可能性はほとんどないだろうと思う。
 だから、まず突破口として民間のパーソナライズドサービスと提携して、
ともかくサービスを始めてしまうのが近道ではないかと思う。
 大学図書館と比べ圧倒的に情報サービスの基盤が弱い公共図書館を、これ
からの地域の情報基盤として機能させようと思うならば、これくらい思い切
った形で進めてもいいと僕は思っている。

 こういう言い方をすると、単に図書館のためにiGoogleやMyYahooを利用す
るという意見に聞こえるかもしれないが、狙いはそこではない。
 図書館がiGoogleやMyYahooを目指すよりも、逆に図書館サービスを開放す
ることで、相互に利用しあう関係を目指す方がいいんじゃないかと思ってい
る。

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 先に、GoogleやYahooがパーソナライズドサービスを普及させるのに、公
共図書館との提携は効果的だろうということを書いた。

 だが一方で、最近のサービスの傾向を見ていると、ネット企業の世界では
直接的にユーザーを囲い込むようなアプローチはもう時代遅れなのかな?と
いう気もしている。

 iGoogleガジェットもYouTubeも、あるいはAmazonもそうなのだが、ユーザ
ーに直接アクセスしてもらうばかりではなく、ブログなどにサービスを貼り
付けてもらうことで、結果的にユーザーを増やすという方向に力を入れてい
るように見える。
 そういうサイクルが出来てくると、YouTubeのように自然にコンテンツが
集まって、結果的にユーザーも増える。
 公共図書館との連携でユーザーを増やすような発想は、こうした流れとは
真逆とも言えるだろう。
 でも、Webサービスと図書館サービスの融合という点に価値を置くと、一概
に時代遅れだと切り捨てられるものでもないように思う。

 今のところ、図書館蔵書をデジタル化しようというGoogleブック検索図書
館プロジェクトが進行中だが、これはあくまで資料の開放ということだ。
 そこで終わってしまうのではなく、図書館機能そのものの開放に向けて、
もう一歩踏み込んで欲しい。
 資料と人とを媒介する司書の機能は、サーチエンジンと競合するものでは
なく、むしろ相互補完するものだと思う。
 だから例えば「Yahoo知恵袋」や「人力検索はてな」のようなものと、文献
に基づく司書による情報サービスとを、ユーザーが上手く使い分けるような
流れが出来れば魅力的なサービスになり得るんじゃないだろうか。
 そこを目指して、いろいろなネット企業と各地の図書館との間に協力関係
がたくさん現れればいいと思う。

 いっそ、指定管理者でもPFIでも構わないが、YahooやGoogleに限らずネット
関係の企業が図書館運営に乗り出すのも面白いんじゃないかとも思っている。
 それならば、僕のところでモデルケースを引き受けられるよう動きたいし、
逆にベンダー側の立場でプロジェクトに参加したいとも思う。
 どこかそんな企業はないだろうか?

田圃
ポット出版のサイトでブログのようなものを始めました。
 http://www.pot.co.jp/asayake/